地元のお菓子作りを受け継ぐ

 絵三子さんは、地元・兵庫区出身。「母方の実家が材木屋を営んでいて、お客さんの手土産のお菓子の中に瓦せんべいがあり、よく食べていて大好きでした」と微笑みます。

 「食のレポーターになりたかった」というほどの食いしん坊の絵三子さん。「結婚して子育てをしながら食堂で調理の仕事をしていたのですが、自営して、できるだけ子どもと一緒にいられるような生活がしたい、自分が働く姿を子どもに見てほしいと思うようになって」。2021年5月から、姉の眞由美さんのつてで、1930年頃の創業の「手焼き煎餅 おおたに」3代目の大谷芳弘さんのもとで修業を始めます。

 小麦粉と卵、砂糖や蜂蜜を練ってタネを作り、焼き型に流し込んでガス火で焼くのですが、重い鉄板を回転させながら、ガス火の上を順にずらしていく作業は見た目以上に重労働。

「師匠が焼いている姿を見ていると、すぐにできそうなくらい簡単そうなんです。でも、実際自分でやってみると全然できない。できあがったおせんべいは、まっくろけ!」。絵三子さんのやる気に火がつきます。「週に2、3回通っていれば、1年くらいでちょっとは焼けるようになると思ったのですが、全然ダメで(笑)」

 タネの配合や火加減は、気温と湿度に合わせて調整しなくてはなりません。それこそ職人としての経験と勘が必要です。「焼き型を火からはずすタイミングも大切で、焼き色が薄くても濃すぎても売り物にならない。焼いているときは、全てに細かく気を配り、集中力を切らさないようにします」。3、4時間、ずっと焼き続けることもあると言います。

 約3年間学んで師匠から独立を勧められ、絵三子さんは住まいの近くに物件を見つけて開店にこぎつけます。

 神戸煎餅協会の協力を得て立ち上げた制度・焼き型バンクが、新たに独立する職人である絵三子さんをバックアップ。廃業したせんべい屋やアンティークショップから買い集めた焼き型や焼印、バーナーなどが無償で提供されました。

「バーナーはかつて御崎公園にあって廃業された亀栄堂さんから。曲げ台は、2022年に閉店した湊川神社前の菊水総本店から。あちこちのなくなったお店からのものがここに来ています」

 道具だけではありません。「たくさんの先輩職人が来て、知恵を授けてくださいました。開店から1年以上経った今も、時々訪ねて来てくださるんですよ」

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