神戸の名産品のひとつ、瓦せんべい。1868年の神戸港の開港を機に、神戸で外国人向けの食材として入手しやすくなった卵や小麦粉、砂糖を使って開発された、いわゆる洋風おせんべいは「贅沢せんべい」「ハイカラせんべい」とも呼ばれました。

 また、明治政府は天皇への忠誠を象徴させるために楠木正成公を祀る神戸・湊川神社を1872年に創建しました。さらに1874年、大阪・神戸間の鉄道が開通。神戸駅からその北にある湊川神社の通りはおおいに栄えます。以降、多くの参拝客が神戸を訪れ、楠木正成公の姿や家紋の菊水紋が焼印された瓦せんべいは、神戸の名産品として広く知られるようになりました。

 神戸でずっと暮らす私は、小さい頃、近くの神社やお寺からいただいたもの、会社の周年記念のマーク入りなどの瓦せんべいが必ず家にあって、おやつとして食べていました。機械を使ってたくさんのおせんべいを焼くお店がある一方で、小さなお店の一角で手焼きする職人さんの姿も目にしていたものです。

 1970年頃は80~100軒ほどあった瓦せんべい屋は、洋菓子に押され、加えて高齢化と後継者不足で、現在は十数店に減ってしまいました。毎年、一軒また一軒と閉店する中で、2024年3月にオープンしたのが「手焼き煎餅 えみり堂」。神戸に新しいせんべい屋ができるのは、およそ25年ぶりだそう。

 場所は、神戸市営地下鉄西神・山手線上沢駅と神戸高速線大開駅の中間あたり。広い通りをお店に向かっていると、甘くて香ばしい香りが漂ってきます。

 暖簾がかかった入り口正面の「焼き場」で、おせんべいを手焼きしているのが、和田絵三子さん。歴史ある瓦せんべいの神戸初の女性職人なのだそう。姉の堀内眞由美さんと共に、笑顔で迎えてくれます。

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