「センスがある」という言葉の裏側にあるものは?
また、「○○のセンスがある」という褒め言葉には多少なりとも「専門家目線」が含まれていることも忘れてはならない。たとえば野球をしている人が、もし大谷翔平に「野球のセンスがありますね」と言われたら間違いなく大喜びするだろう。その一方で、人生の中でほんの数回しかグローブに手を通したことのない私に同じことを言われたら「いや、お前が言うんかい!」とツッコむはずだ。つまり「センスがある」という言葉の裏側には、「他人の持っているセンスをキャッチできるほどのセンスを持った私」がいる。よって、本当にその道の専門家だったら問題なく使えるが、専門家かどうか微妙な立場だと危ない。
ちなみに、他人を褒めるという状況全般で「ノイズ」になるのが、「褒める側の自尊心」だったりする。たまに、何かを褒めるときに「最近流行りの○○は全然いいと思わないけど、これは素晴らしいね」のように「別の何かを貶めた上で持ち上げる」という褒め方をする人がいるし、私もたまにやってしまうが、ここには自分の知識の深さや視野の広さをアピールしたいという心理が働いている。しかしこれだと「褒め」というより「自慢」である。
以上をまとめると、「言葉のセンスがある」という表現自体、他人の言葉を褒める言葉としては危ういところがあると考えてよさそうだ。そして、ここまで書いて気づいたのだが、私が今の今まで他人に「言葉のセンスがありますね」とか言って喜んでいただけた(ような気がする)のは、相手が私について「この人は言語学者だから、言葉のことをよく知っているに違いない」と勘違いをしていたからかもしれない。つまり相手にあたかも「プロ野球選手にスイングを褒められた」かのような幻想を与えていた可能性がある。ぬか喜びをさせて申し訳ない。
ただ、私がこれまでに他人の言葉を聞いたり読んだりして「この人、言葉のセンスがあるなあ」と感じたことがあるというのは事実だ。今後はこの連載を通して、その感覚の正体を突き止めていきたいと思う。
川添愛(かわぞえ・あい)
言語学者、作家。九州大学文学部、同大学院ほかで理論言語学を専攻し博士号を取得。2008年、津田塾大学女性研究者支援センター特任准教授、12年から16年まで国立情報学研究所社会共有知研究センター特任准教授。著書に、『白と黒のとびら』『働きたくないイタチと言葉がわかるロボット』『ふだん使いの言語学』『言語学バーリ・トゥード』『世にもあいまいなことばの秘密』『日本語界隈』(ふかわりょうとの共著)『「わかってもらう」ということ 他人と、そして自分とうまくやっていくための言葉の使い方』『パンチラインの言語学』など多数。
Column
言葉のセンス研究所
周囲を凍りつかせずにギャグを言う方法はあるのか? マニアックな話をしても許されるための条件は? 「トークが上手い」ってどういうこと……? 気鋭の言語学者・川添愛さんが日常に飛び交う会話を様々な角度から分析し、「言葉のセンス」を探求する言語学エッセイ連載がスタートします!
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- 文=川添 愛
イラスト=Akimi Kawakami - category









