周囲を凍りつかせずにギャグを言う方法はあるのか? マニアックな話をしても許されるための条件は? 「トークが上手い」ってどういうこと……? 気鋭の言語学者・川添愛さんが日常に飛び交う会話を様々な角度から分析し、「言葉のセンス」を探求する言語学エッセイ連載がスタートします!
このたび、言葉のセンスについての連載を始めることになった。私自身、「言葉のセンス」がいったい何なのか、よく分かっていない。一応「言語学者」という肩書きで活動しているが、私自身に言葉のセンスがあるわけでもない。前にも別のところで書いたことがあるが、言語学者に言葉のセンスを求めるのは植物学者にフラワーアレンジメントを頼むようなものだ。「対象について学術的な知識がある」ということと、「その対象を上手に使える」というのは基本的に別のことである。
じゃあなんで今回言葉のセンスなんか取り上げたのかというと、他に連載のテーマを思いつかなかったというのが正直なところだが、この際だから「言葉のセンス」について考えてみよう、そしてあわよくば自分もそれを身につけられたら……という思いがあったことを告白しておく。
ただ、連載テーマを決めてしまってから、ちょっと怖いことに気づいてしまった。先述のとおり、私は「言葉のセンス」が何なのかがよく分かっていないにもかかわらず、他人を褒めるときにけっこうな頻度で「言葉のセンスがある」とか「言葉のセンスがすごい」などと言っていたのである。
「言葉のセンスがある」を含め、ぼんやりとした褒め言葉には、自分の感情を深く分析しなくても発することができるというメリットがある。よって、気軽に相手への好意を表現したいときに便利だ。その反面、リスクもけっこうある。その最たるものは、相手から「最初から自分をいい気分にさせるつもりで発せられる、中身のない褒め言葉」と解釈されかねない、ということだ。
「褒め」には大きく分けて、「相手の性質や行いに感銘を受けた結果、自然と出てくる褒め」と、「相手の性質や行いに関係なく、最初から相手をいい気分にさせるつもりで発する褒め」の二種類がある。褒められる側からすると、後者の「褒め」はあまり気分がいいものではない。「私をコントロールしようとしてるんじゃないか」「適当におだてておいて、後から何か売りつけてくるんじゃないか」という感じがするからだ。
私の感覚では、「具体的な行動や感情」を言い表した方が、前者の「自然な褒め」として受け止められやすいように思う。たとえば、「あなたの文章を読んで思わず笑ってしまった」とか、「この言葉を聞いて昔のことを懐かしく思い出した」、「この表現が耳に心地よかった」などといった感想は率直な感じがする。他方、「言葉のセンスがある」はちょっと抽象度が高く、具体性が乏しいがゆえに、後者として受け取られる危険性がある。
とくにコンプレックスの強い人ほど、ぼんやりとした褒め言葉をなかなか受け入れないし、ときには面倒な議論をふっかけてくることがある。「言葉のセンスがすごいですね~」「は? 言葉のセンスってどういうこと? 具体的には?」「えっと、○○のことを××って表現したとことか、すごいなぁって思って~」「そこがどうすごいわけ?」「えっと……びっくりしたっていうか~」「どうびっくりしたわけ?」のように、軽いコミュニケーションのつもりで始めた会話がいつしか尋問に変わったりする。
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- 文=川添 愛
イラスト=Akimi Kawakami - category









