やなせたかしが妻についた“優しい嘘”
「お気の毒ですが、奥様の生命は長く保ってあと3カ月です。癌が全身に転移しています。これは既に第4期の終りで、第1期ならば完治すると思いますが、もう手のほどこしようがありません。肝臓にもびっしりと癌が転移しています。手術はできません」
全身の血の気がひいていくのが解った。
ぼくが悪かった。
もう少し早く気がつけばよかった。
カミさんがやせてきたなということ、頰にシミができたことは気になっていた。
それなのに。
なぜ、もっと早く無理にでも病院へ連れていかなかったか、自分を責めてみてもおそい。
カミさんを入院させ、それでもぼくは仕事は続けていた。午後に1回は病院へ行った。

カミさんはやせ細って、骨と皮みたいになってベッドに寝ていたが、声は割合元気だった。
「先生に何か言われたでしょう、教えて」
「うん、悪いところは全部切りとったから大丈夫だと言ってたよ」
「私、駄目かもしれない。覚悟はできているから本当のことを教えてね。整理しておかないと、あなたじゃ解らないから」
「すぐ退院できるよ。頑張れ!」
ぼくはカミさんの病気のことは誰にも言わなかったが、さすがに元気がなくなり、仲間の会に出席しても一言も発言せず、うつむいていた。会が終るのを待ちきれず、ぼくは外へ出た。あとを漫画家の里中満智子さんが追いかけてきた。
2025.10.09(木)
著者=やなせたかし