ミレーナを装着してから、私は自分が好きになった

 私の場合、装着して最初の三カ月はしょっちゅう不正出血があり、常に「多い日昼用」ナプキンを着けていた。でも、重要なのはこのあとだ。その後の四年と九カ月間は、生理がほぼこなくなったのである。「ほぼ」というのは、半年に一度くらい、おりものシートでも大丈夫な量の経血がちょっぴり出るくらいで、体感としては「生理なくなったな」という感覚。

 ミレーナを着けた全体の約一、二割は、完全に生理がなくなるらしいので、私は幸運にもこのグループに「ほぼ」入ったと考えて良いだろう。第一子出産後は無痛で装着出来たので、「ミレーナ着けるの、全然痛くなかったよ!」と陽気に触れ回っていたのだけれど、第二子出産後にも何の躊躇いもなく装着したら、激痛だった。

 無痛だと思い込んでいたせいで、突然背後からレンガで殴られたようなショックを受けてしまい、恥ずかしげもなく診察室で泣いた。あまりの痛みに坐薬を入れて貰ったのだけれど、装着時の痛みは、同じ人でも時と場合によって違うらしい。診察室のカーテンのむこうで、先生がさらっと「子宮口の位置によって違うのよ」と言っていた。

 一番嬉しかったのは、あんなに悩まされていた生理痛がなくなったことだ。

 今なお、あの恐ろしい生理痛に悩まされている女性諸君は、期待して裏切られるのを恐れるあまり「またまたァ」とツッコミたくなるかもしれない。そうは言っても、あるんでしょ、と。それが、本当にないのだ。強いて言えば、時折「あ、これってもしかして、子宮が生理的な動きをしてるのかな?」と思うような違和感を覚えることがあるくらいで、お腹が痛いと感じることはない。

 年中いつでも温泉に行けるし、衣装で白いワンピースを渡されても恐れることもない。ミレーナを手に入れたことで、ゾンビワールドの脇役になることなく、自分の物語の主人公でい続けられたのである。

 ミレーナを装着してから、私は自分が好きになった。イライラすることが減り、活動的な時間が増えた。駅まで歩くのすら億劫だったのに、外に出て走ってみようとか、キックボクシングをはじめてみようとワクワクするようになった。私はこの先閉経するまで、ずっと装着していようと思っている。ミレーナがある方が、私は私らしくいられるのだ。

藤崎彩織(ふじさき・さおり)

1986年生まれ、大阪府出身。小説家。2017年に『ふたご』(文藝春秋)で小説家デビューし、同作で直木賞候補となる。バンド「SEKAI NO OWARI」ではSaoriとして活動。2児の母でもある。著作に『ねじねじ録』『ざくろちゃん、はじめまして』(ともに水鈴社)などがある。

 続きは「CREA」2025年秋号でお読みいただけます。

2025.09.21(日)
文=藤崎彩織

CREA 2025年秋号
※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。

この記事の掲載号

「誰にも聞けない、からだと性の話。」

CREA 2025年秋号

「誰にも聞けない、からだと性の話。」

定価980円