人気バンド・SEKAI NO OWARIで“Saori”としても活動している作家・藤崎彩織さん。ここでは、『CREA』2025年秋号「誰にも聞けない、からだと性の話。」特集より、書き下ろしエッセイ「自分らしくいられる道具」を紹介します。
第一子出産後、産婦人科医の勧めで避妊リング「ミレーナ」を装着するという決断をした藤崎さん。学生時代からかなり重い生理痛に悩みながらも、歯を食いしばって生きてきたという。ミレーナとの出会いを通じて、藤崎さんの心とからだはどのように変化したのか――。
自分らしくいられる道具

高校の通学中の時の話だ。
生理痛が酷かった私は、生理になると歩くことすらままならず、ふらふらと頼りない足取りで学校へ向かっていた。その姿は、さながら映画に出てくるゾンビだった。主人公と真っ向対決するような強いゾンビではなく、画面の端っこでただ歩き回っているだけの脇役ゾンビ。
家から駅のホームまで歩き、満員電車の中で立ち、学校の玄関で上履きへ履き替えて教室へ行く。それだけなのに、お腹が痛くて痛くて、たびたび立ち止まってしまう。白眼を剥き、「ううう……」と腹部をおさえ、またふらふらと歩き出す。
私にとって生理とは、痛みに耐える修行のような一週間だった。授業中は、ほとんど机に突っ伏して過ごすしか選択肢はなく、回復薬ことロキソニンを七時間おきにゲットしなければ、HPがなくなって倒れてしまう。私はなんて弱いんだろ……みんなは強いなあ。自分の生理痛が普通よりもずっと重いことに気がつかず、この根性なしの甘ったれめ……と、自己否定を繰り返す日々。生理になると、心から頑張りたいと思っているピアノの練習すら出来なくなってしまった。
――こんなに怠惰で弱い自分なんて、大嫌い……!
今思い返すと、「そんな風に自分を責めなくていいんだよ」と肩を抱いてあげたくなるけれど、でも、私の学生時代では、生理痛で何かを頑張れなくなることは、他の体調不良とは明らかに違う扱いをされていた。つまり、「それって甘えでしょ」と社会が堂々と思っていたのだ。生理は誰にでもくるし、辛いのはみんな同じ。我慢しながら頑張るのが、大人になるってことだから、と。
私もその社会の一員として「ええ、ワタクシも生理痛なんかには負けませんて!」と歯を食いしばって生きてきたのだけれど、第一子を出産し、産後ケアの為に病院へ行った2018年、人生を一変する出来事が起きたのだ。
避妊リング『ミレーナ』との出会いである。
2025.09.21(日)
文=藤崎彩織
CREA 2025年秋号
※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。