韓国では1953年以降、「堕胎罪」が存在し、レイプ被害や女性の命に危険がある場合などを除き、中絶を行った女性は罰金または懲役刑に処せられていました。しかし、フェミニズム運動の高まりとともに堕胎罪廃止運動が活発化し、2019年に憲法裁判所がこの刑法を憲法不一致と判断。これにより、2021年からは人工妊娠中絶が非犯罪化されました。

 韓国ソウル生まれのマルチアーティスト、イ・ランさんも、この問題に対し声を上げ、自身の中絶経験を公表したひとりです。日本では母体保護法により一部の中絶が非犯罪化されていますが、韓国と同様、現在も中絶に対する偏見や誤解が女性の選択を困難にしています。国家や医療、他者が「産む・産まない」を管理しようとする世界において、イ・ランさんがどのように立ち向かっているのか。その経験を伺いました。


私が中絶の話をするたった一つの理由

―─堕胎罪に対する廃止運動が活発だった時期に、イ・ランさんはご自身の経験をSNSで発信されました。どのような思いで投稿されたのでしょうか。

 当時、私のように名前と顔が知られている人で、堕胎罪や中絶について公に語る人はほとんどいませんでした。そこで「#私は堕胎した」というハッシュタグを作り、自身の経験を投稿しました。それまで一度も公表してこなかったのですが、その時、なぜ今まで公にしなかったのだろう、と自問しました。私はこれまでも自分の経験を歌や文章にしてきました。中絶も私の人生の一部であり、決して隠す必要はないのに。むしろ、この経験を語ることで、同じような状況にある誰かの力になれるかもしれない。そのように考えて行動しました。

―─その投稿が、その後のムーブメントに繋がったわけですね。

 私の投稿をきっかけに、女性の映画監督やいろいろな女性団体の方々が、リレーのように中絶の経験を「#私は堕胎した」というハッシュタグをつけて投稿し始めました。それによって、想像以上に多くの女性が中絶を経験していることが明らかになったんです。女性であれば、誰もが中絶はあり得ることで、生理が遅れたときに「ヤバい、妊娠した!?」と思うのは私だけじゃなかったんだ、と実感しました。

2025.09.14(日)
文=綿貫大介
写真=melmel chung
通訳=ソン・シネ(TANO INTERNATIONAL)

CREA 2025年秋号
※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。

この記事の掲載号

「誰にも聞けない、からだと性の話。」

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