好評発売中の「CREA」2025年春号では、韓国の伝統を再解釈し、モダンにアップデートした食や韓屋宿をはじめ、癒しの「済州島」やカルチャーの街「坡州」まで、2025年の韓国をたっぷりと取材しました。グルメ・カルチャー・ファッション・コスメまで、全108ページの大ボリュームでお届けする本誌から一部を抜粋してご紹介。
CREA 2025年春号
『韓国のすべてが知りたくて。』
定価980円
2024年12月3日、尹錫悦大統領が突然宣言した「非常戒厳」――。
約10日後、国会議事堂のある汝矣島に集まったデモ隊の前で、女性たちが「私の友達はみんな貧乏です/この貧しさについて考えてみてください」と歌う動画が注目を集めた。ステージ中央に立ったのは、歌手や作家として活躍するマルチアーティストのイ・ランさん。
晴れた空の下、拳を突き上げ歌う姿は、世界に「民主主義」の本当の意味を問いかけているようだった。日本でもその著作が多数、翻訳出版されている彼女に、いま韓国を覆う怒りと連帯について聞いた。
私の友達はみんな貧乏です
この貧しさについて考えてみてください
それはそのうち あなたにもふりかかかるでしょう
この土地には衝撃が必要です
私たちは役立たずではありません
あなたたちが食べるパンをつくっているだけでも
葡萄酒を醸造しても 食べられるのはそのかすだけ
『オオカミが現れた』より一部引用
夜が明け、怒りだけが残って

いつも通りの夜でした。お風呂に浸かりながら、友達と長電話をして。2024年はすごく大変な一年だったねとか、そんな話をしていたと思います。尹政権が始まって3年、じわじわ芸術や性差別に関する予算が削られ、毎年参加していたイベントの関係者からも「予算がないので来年は……」と聞くので、友人と「来年はどうなるんだろうか」と話をしていたんです。
そしたら突然メッセンジャーの通知がうるさくなって。開いてみたら「戒厳令」というワードが大量に飛び交っていた。戒厳令という単語は知っていたけど、まさか現代でも起きるとは、みじんも思っていませんでした。

通話中だった友達とそのまま、「毎月5日の正午、麻浦区役所の前で1時間お互いを待とう」と約束をして電話を切りました。通信が遮断されて、連絡が取れなくなるかもしれないから。
そして政府が唯一コントロールできないと言われている「テレグラム」をダウンロードしました。ソウルに軍隊が入ってくるかもしれないと思い、職業軍人をしている女友達にテレグラムで連絡してみました。彼女は「フル装備で待機させられている」と返信をくれて、私はただ「絶対に市民は殺しちゃだめだよ」と送るしかなかった。

TVをつけると国会議事堂前の様子が生中継されていて、女性が兵士の銃を掴んでいる映像が流れた時、いてもたってもいられなくなりました。私もバイクで駆けつけようかと思いましたが、翌日に大事な収録を控えていて、その収録は本当にあるのか、あるとしたらコンディションが最悪の状態で行っていいのか、どうしたらよいのかわからなかった。
国会議事堂へ行くことに特別な怖さはなかったです。セウォル号に梨泰院、務安空港と突然無数の命が奪われる事故が続き、戦争もいつまた起きるかもしれず、毎日「今日死ぬかもしれない」と思っているので、家にいても国会議事堂に行っても同じなんです。
後日知ったのですが、光州事件や六月民主抗争を経験した世代の中には、地方から車やKTXでソウルに駆け付けた方も多かったそうです。そういう人たちがいなければ、いま私たちはどうなっていたか。
結局、一睡もできぬまま朝を迎えて、戒厳令は解除されました。恐怖は消えて、怒りだけが残った。
2025.03.08(土)
文=CREA編集部
写真=岡本佳樹
コーディネート=ソン・シネ(TANO INTERNATIONAL)
CREA 2025年春号
※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。