この記事の連載

 日々激変する世界のなかで、わたしたちは今、どう生きていくのか。どんな生き方がありうるのか。映画ライターの月永理絵さんが、映画のなかで生きる人々を通じて、さまざまに変化していくわたしたちの「生き方」を見つめていきます。

 今回は、3月7日から全国公開される映画『ケナは韓国が嫌いで』に注目。

あらすじ

韓国のソウルで暮らす28歳のケナは、今の生活にすっかり絶望していた。古くて寒い実家での生活。毎日2時間もかかる通勤時間。恋人の家族からの偏見。不満は日々積み重なり、ついにケナはこの国を出ようと決意。仕事を辞め、恋人と別れた彼女は、ニュージーランドへと旅立ち、新たな生活を築くため奮闘する。韓国で大人気となった小説を、『ひと夏のファンタジア』のチャン・ゴンジェ監督が映画化。

この国のうんざりするところ

 先日、日本のある小説を読んだ。主人公の大学生がコロナ禍で陥った孤独な日常が描かれると同時に、日本人女性をとりまく社会状況がリアルに浮かび上がる物語だった。大学を無事に卒業した主人公は最後、日本での就活や進学をあきらめ、ワーキング・ホリデーを利用しオーストラリアに向かう。描写される生活環境や労働状況を読むかぎり、オーストラリアでの新生活は必ずしも輝かしいものではなく、むしろ過酷なものにも映る。それでも、どん詰まりともいえる環境を飛び出し、新しい土地でまったく別の経験をすることを選んだ主人公の決断に、新鮮な思いがした。

 2015年に韓国で刊行され大きな話題を呼んだというチャン・ガンミョンの小説『韓国が嫌いで』を映画化した『ケナは韓国が嫌いで』でも、主人公のケナは、韓国を飛び出し、ワーキング・ホリデーの制度を使ってニュージーランド(小説ではオーストラリア)に旅立つ。ケナは、自分が韓国を飛び出した理由を明確に語る。ただしその理由は、思わず拍子抜けするようなものだったりする。

 彼女が挙げるのは、冬の耐えきれない寒さや、長い通勤時間といった、たしかに辛そうではあるけれど誰もが日々体験することばかり。思わず、「そんなことで?」と言いそうになり、ハタと気づく。まさにこの反応こそ、ケナをうんざりさせてきたものなのだ。惨めで辛い生活を嫌だと思うのも、もっと自分に合った場所で生きたいと望むのも当然のこと。それを「そんなこと」と矮小化する権利なんて誰にもない。

 ケナの語りによって進行する小説を、映画はナレーションを交えつつ、彼女が誰かと会話をする場面を並べていくことで映像化する。家族と食卓を囲みながら実家の今後について語り合い、大学時代からの恋人と食堂で将来について話し合う。時系列に沿ってというより、ケナが思い出すにまかせて、ぽつりぽつりといくつもの会話場面が画面に現れる。

 そういえば、会話の際にはいつもみんな何かしらものを食べたり飲んだりしている。それは、誰かと食事をすることがケナの日常の一部であり、そこでの何気ない会話の数々が、彼女が将来の選択をするうえで重要なものになっていったからだろう。

2025.02.28(金)
文=月永理絵