CREA 2025春号「韓国のすべてが知りたくて。」では、「韓国カルチャーの最前線 7人の証言」として現地取材を敢行。ドラマ、映画、ウェブトゥーン、文学、K-POPと各ジャンルにおけるキーパーソンたちの独占インタビューを10ページにわたり特集しています。 「CREA」2025年春号より、今回は2024年、ハン・ガンさんのノーベル文学賞受賞も大きく話題になった「韓国文学」をテーマにお話を伺いました。
CREA 2025年春号
『韓国のすべてが知りたくて。』
定価980円
ハン・ガンの担当編集者に聞く「ノーベル文学賞は奇跡だったか」
ハン・ガンさんは『菜食主義者』でマン・ブッカー国際賞を受賞しているなど、すでに国際的にも文学的評価が高かった作家だ。それでもノーベル文学賞受賞は、彼女の知名度と韓国文学の地位を高める役割を果たし、韓国内外で大いに沸いた。そのハン・ガンさんの担当編集者がカン・ユンジョンさん。ノーベル文学賞の授賞式にも同行し、ハン・ガンさんの素顔を知る人でもある。カンさんは、この栄誉の背景をこう分析する。
「ノーベル賞選定委員会のコメントで特に印象深かった点は二つありました。ハン・ガン作品は歴史的なトラウマに向き合う人間の物語であるということ、また詩的な散文を書く作家であるということが授賞の決め手だったということです」
女性や弱者の声を掬い上げる

「私の個人的な考えを付け加えるなら、『戦争は女の顔をしていない』などで知られるベラルーシの作家・アレクシエーヴィチさんが2015年に同賞を受け、前例になっていたことは大きいと思います。アレクシエーヴィチさんは第二次世界大戦を、ハン・ガンさんは民主化運動や抵抗運動を題材に取っていますが、そういった過酷な歴史の傷を見つめ、これまで描かれてこなかった女性の声を掬い上げることの重要性を評価するという意味も込められていたのではないでしょうか。
自分とは関わりのなかったように思える人に対して、自分がこれまで知らなかった苦痛を自分の身近なものとして気づかせてくれる。ハン・ガンさんはまさにこれを文学を通じて表現してこられた方だと思うんです」
韓国は、被支配の歴史や経済の浮き沈みを経て、目まぐるしいスピードで変わってきた国家。
「韓国では一度たりとも文学が単なる娯楽として消費されたことはなかったように思います。韓国の作家たちは、自分も社会に属しているひとりの人間であるという意識が非常に強く、人生の悩みや苦しみといった個人的な問題に、社会の問題を敏感に呼応させるべきだと考えている。弱者の声を伝えることに対する責任感をみんな持っているんですよね」
そんな使命を背負うハン・ガンさんがノーベル文学賞を授与されたのが、24年だったことは運命だったのかもしれない。奇しくも受賞記念講演のために出国する直前の12月3日に、韓国で非常戒厳令が発令されたのだから。
「『光と糸』と題した講演の中で、ハン・ガンさんは、過去は現在を助けることができるのか、死者はいま生きている者たちを救うことができるのかという問いを投げかけました。これは混沌とした情勢の中にいた韓国国民を大きく癒し力づける言葉であるだけでなく、全世界の人々ともメッセージを共有できた。そのこと自体が、私の記憶に深く刻まれたし、何度も思い返されるんです」
2025.03.07(金)
文=CREA編集部
CREA 2025年春号
※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。