「これ面白い!」と思えるものを、自分のフィルターを通して広く読んでもらいたい

――23歳で帰国されて通訳仕事を始められますが、オファーってすぐにあったのですか?
ニキ いえいえ! 「東京 英語 通訳 仕事」で検索して、未経験でも登録できる事務所に片っ端から登録したんです。最初は国際展示場とかで、交通費込み1日1万円、朝から夕方まで立ちっぱなしで。“英語のできる売り子”さんみたいな仕事ばかり(笑)。その後しばらくして東日本大震災が起こって。海外報道陣の通訳をやってほしいという依頼が飛び込んできたんです。「震災直後の被災者に話を聞く」というのは、とても緊張するお仕事でした。
――経験豊富な取材者でも、そうだろうと思います。
ニキ 海外のジャーナリストから「僕たちは日本の文化は分からないから、君に(交渉を)まかせる」と言われたんです。とにかく被災者に声をかけて、取材に応じてくれる人を探してほしいと。
――えっ、それは通訳の仕事じゃないですよね……!
ニキ とてもデリケートな、責任のある仕事でした。外国人記者が悪意なくやることが、日本では失礼にあたることも多々ある。最初は神経質に注意ばかりしていたんですが、「ああ、わからないんだから教えてあげなければ。それは当然のことだ」と気づかされました。
――例えば、どんなことだったんでしょう。
ニキ 家の中に上がるときは靴を脱いで、みたいなことから。ただそれだけじゃなく、「上り框(あがりかまち)に靴を乗せないで。三和土(たたき)を靴下で踏まない。靴を脱いだら玄関のほうに向けて揃えると“ボーナスポイント”、印象が良くなるよ」と。一度で覚えられる人はいませんでしたが(笑)。そんな小さなことでも、コミュニケーションや対話にどうつながるかわからない。ただ言語を変換するだけじゃなく、人と人の“橋渡し”をやりたいと思うようになったのはその頃からです。
――「今後、こんなこともやっていきたい」という思いはありますか。
ニキ 書籍の翻訳をしたいという思いがずっとあって、あるノンフィクション本の和訳に取りかかっているところです。「これ面白い、誰かと共有したい!」と思えるものを、自分のフィルターを通して広く読んでもらえたら、うれしいですね。はじめての挑戦なので頑張りたいです。
――楽しみです、最後にもうひとつ。仕事以外での夢や、やりたいことを教えてください。
ニキ コロナ禍の前はよく色々な国を訪れていたんですけど、この5年間ほとんどずっと日本にいたんで、そろそろ海外を放浪したいです、数か月ぐらい東南アジアへ行こうかなって。人生の半分以上を東京で過ごしているうちに、ひとつの基準や価値観に染まり始めているんじゃないかと、うっすら危機感を覚えはじめているので、自分のための起爆剤になればとフラッと旅に出て、しばらくしたらまたフラッと戻ってくる予定です。

終わりに
“橋渡し”が、ニキさんのライフテーマ。多国間や異文化間、そこで人と人との渡し舟になることにやりがいを感じられている。だからこそ、「日本人ファースト」という言葉が飛び交う現代日本にはいろいろ思うことも多いようだった。「彼らはなぜそういうことを言うのか、と考えてみるんです」と。まったく考えの違うグループや団体にいる人だからってすぐ拒絶・断交するのではなく、「私もあなたのことを尊重するから、全然違う意見の私も尊重してほしい」と伝えたい、「お互いの違う部分、そして共通する部分を知り合っていきたい」と語るまっすぐでピュアな姿勢に、聞いていて背筋の伸びる思いになった。

世界をちょっとよくするために知っておきたい英語100
定価 1,870円(税込)
Gakken
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キニマンス塚本ニキ(きにまんす・つかもと・にき)
1985年東京都生まれ。翻訳者、通訳、ラジオパーソナリティ。9歳からニュージーランドで育つ。オークランド大学を卒業したのち日本に帰国し、フリーの英語通訳・翻訳者として働く。2020年、TBSラジオ「アシタノカレッジ」パーソナリティに抜擢。現在はYouTube番組「ポリタスTV」MCをはじめ、報道番組のコメンテーターやコラムニストとしても活動する。
X:@tsukaniki85
Instagram:@kittenmouth
聞き手・構成 白央篤司(はくおう・あつし)
フードライター、コラムニスト。「暮らしと食」をメインテーマに執筆する。主な著作に「にっぽんのおにぎり」(理論社)、「自炊力」(光文社新書)、「はじめての胃もたれ」(太田出版)などがある。
https://note.com/hakuo416/n/n77eec2eecddd

2025.09.03(水)
文=白央篤司
撮影=平松市聖