この記事の連載

 ラジオパーソナリティ、そして通訳・翻訳業でも活躍中のキニマンス塚本ニキさん。初の著書『世界をちょっとよくするために知っておきたい英語100』(Gakken)が話題になっている。文化や環境問題、ウェルネスなどで注目されるキーワード100個を、ニキさん流に紹介・解説する本書への思いと、これまでのことを聞いた。


世界の人と同じ目線で議論できるための“橋渡し”をしたい

――世界ではよく使われていても、まだ日本語にはなっていない、あるいは定着まではしてない英単語の意味と、言葉が生まれた背景が端的に語られるこの本。とても面白く拝読しました。どのページからでもサクッと読めるし、「こんな社会問題があるんだな」とか、日常的にモヤモヤしていた事柄が「言葉になってる!」といった発見もあり、いろんな味わい方のできる本ですね。

キニマンス塚本ニキさん(以下、ニキ) ありがとうございます! ただ英語を「勉強」するのではなく、楽しいと思える観点から、英語を学べる本を作りたいという思いが前からありました。ただ「学ぶ」といっても、私は英語教師ではありません。「英語ができたらあなたの人生、もっといいことありますよ!」なんて言いたいわけでもなく(笑)。“橋渡し”、みたいなことができたらと、ずっと思ってきたんです。

――“橋渡し”ですか?

ニキ 日本語と英語が同等に共存する家庭環境だったので、(ひとつの事象に対して)ふたつの言語フィルターを通して関心を持つことが多いんです。でも例えば英語話者の友達に、「日本で人気のこの漫画、面白いんだよ」なんて翻訳しつつ説明しても、コンテクスト(※文化的背景や文脈、といった意味)がわからないと、面白さは伝わらない。「へー……」で終わってしまう。そうすると、ちょっぴりさみしい気持ちになること、昔から多かったんです。

――ニキさんは東京で生まれて、ニュージーランドに行かれたんですよね。9歳から23歳までをニュージーランドで過ごされて。お父さんがニュージーランドの方で、お母さんが日本の方。

ニキ そうです。子どものころから日本語と英語というふたつの言語でコミュニケーションを取っていたので、「海外でバズっているこのミーム(※インターネット上で様々な形で次々と拡散されていく現象、またはそのコンテンツ)、日本語だったらどう訳すかな?」と考えたり、「日本の風習や国民性を英語圏の人にどう説明するか」と考えたり。職業病かもですが、普段からそういうことを考えることは多いです。

――どう「説明するか」まで発展させて考えるのは、今のお仕事につながる気質を持って生まれた感じがしますね。

ニキ 同じ部屋に日本語と英語、それぞれの言葉しか分からない同士が集まっているとするじゃないですか。楽しげに英語の子たちが笑ってても、英語がわからないほうは疎外感を味わってしまう、なんて状況に対して子どもの頃から敏感だったんです。できる限り、「今こういう話しててね」と説明して、双方で面白さを共有できるよう動くクセが染みついているのかもしれません。

――さきほどコンテクスト、という言葉が出てきましたが、ただ訳して伝わることと、伝わらないことがあるわけですね。日本人の間では「常識」なことが、向こうではまるで通じないことは多々あるし、逆もまたしかりで。

ニキ 文化的なこともそうですし、社会や環境問題、政治に関する概念などの「常識」も劇的に変わっていく。数年たったらもう死語、みたいな感じで。ペースがあまりにも早いですよね! 概念としてようやく日本に流れてきたと思ったら、英語圏ではすでに次のディベートに入っていることも。そんなあれこれを考えつつ、世界の人と同じ目線で議論できるための“橋渡し”を少しでもできたらいいな、と思っています。

――あくまで“橋渡し”なんですね、海外では今これが常識、と伝えるわけではなく。

ニキ そういうのは好きじゃないんですよー(笑)! 「ほらー海外ではこうだよー、もう日本人も早くアップデートしてー」とか押し付けたいわけじゃないんです。

――本は「環境」「政治・経済」「文化・社会」「健康・ウェルネス」「テクノロジー」の5章に分けられていますが、解説するニキさんのスタンスがとてもフラットで、読みやすかったです! 反響はいかがでしたか。

ニキ ありがたいことに、高校の図書室に置いていただいたり、各地の英語教室などから教材にしたいというお話をいただいたりしています。

 この本が「入口」になってほしいんです、言葉の持つ概念や背景にあるものへの。例えば98ページの「self-reparenting」(育て直し)という言葉は、私のような30代〜40代のミレニアル世代に今注目されています。自分が子どもの頃に受けられなかったケアを自分に施す、あるいは過去のトラウマを自分でどう癒すかを考える言葉です。

――自分が自分の親となってわが身をケアし、いい方向に育て直そう……的な感じですかね。

ニキ 「自分を育て直しましょう」とだけ言われてもよく分かりませんよね。言葉の背景の解説を読んで、気になったら自分でさらに調べてみてほしいんです。

――キーワードは100単語ありますが、セレクトは大変だったのでは。

ニキ めちゃくちゃ大変でした、途中で担当編集者さんに「100なきゃダメですか!?」って弱音を吐いちゃったぐらい……。

――ニキさん、泣き声になってます(笑)。

ニキ 30個思いつく章もあれば、そうでないところもあって。環境の章ならすべてが気候変動系にならないよう気をつけもしました。英字新聞をはじめあらゆる記事や文献をあたり、ちょっとでも知らない言葉があれば「日本でまだ知られてない言葉かな?」と調べたんです。

――聞いているだけで大変そう!

ニキ 執筆期間はもう、調べまくりの日々……! iPadなんてブラウザタブの上限である500まで行って、どれを消そうかと(笑)。言葉の解説も、短い文字数にどう落とし込むかと考えに考えました。

――労力と熱量、本からしっかり伝わってきました。小さな辞書を作られたのと同じですからね。1単語に対して2つの関連語句が付くから、つまりは300単語をセレクトして解説を書かれ、さらには例文まで!

ニキ 担当編集さんたちもありがたかったです。ことあるごとに「面白い!」「全然知らなかった……」と反応してくれるので、都度やる気をリチャージできました。

2025.09.03(水)
文=白央篤司
撮影=平松市聖