本来は「仕事<自分のケア」のはずなのに、男性は「仕事で結果を出していないんだから、そんなことをしていいご身分ではない」と考えてしまう。「本当はやったほうがいい」とわかっていながら怠惰でやっていないわけではなくて、「その労力を仕事に回せよ」みたいな圧力をかけられることを回避するためにそっちに行ってしまうんですよね。
男性社会はみんながみんな“ケアできないおじさん”になるルートに強制的に進ませようとするところがあって、これはいちばん根深い問題だなと思います。

「ケアの入り口」としてのスキンケア
――男性の間でもスキンケアが浸透する動きを、「女性が被っているルッキズムによる息苦しさを、男性にまで広げようとしている」と捉える向きも一部にはあると思います。その点についてはどう思われますか?
高殿 懸念はわかるものの、スキンケアって、ルッキズムの助長とまではいかないと思うんですよ。肌を健康に保つことは「内臓脂肪を防ぎましょう」というのと同じ、健康管理の一環だと私は考えてます。そのうえで、「どんな人でも、ケアする人の気持ちや、ケアされる人の気持ちをわかってあげられる必要がある。その入り口としてスキンケアがあるよね」ってことなんです。
私が息子を出産したとき、40度の熱が出た上に9時間ぐらいかかったんですよ。すべて終わって汗だくになっていた私の全身を拭いてくれたのは母でした。「おつかれさま、おつかれさま」って言いながら。そこでやっぱり旦那はしてくれないな、と思うわけです。そこは男女の大きな違いですよね。
――確かに、ケアへの認識に男女の差はまだまだあります。
高殿 女性は何百年何千年とケア要員だったから、ケアに関してはプロです。でも女性人口も減っていくんだから、男性もそこを担うしかない。もっと言えば、日本は人口がどんどん減っていて、すでにちょっとした業務はAIに置き換えられていますよね。そう遠くない未来、さまざまな仕事がロボットで代替されるようになり、人間が人間に相手をしてもらうことは贅沢のひとつになっていくはずなんです。
そうなると、誰を客にするか選ぶ権利が労働者に移ります。今までは人間がたくさんいたから、わがままを言って喚き散らせば誰かが相手をしてくれた。でも今後はそんなことをしたら「この人の相手はしたくないです」となるわけですよ。そういう状況でケアが必要な身になったことを想定したとき、男性もケアをする側の気持ちがわかっておいたほうがいいんじゃないかと思うんです。
――夫婦やパートナーなどの関係性においても同じことが言えそうですね。
高殿 最近、YouTubeで年金暮らしの人にインタビューする動画を見るのが好きなんですよ。それを見ていて気づくのが、離婚して一人暮らしをしている男性は高確率でものすごく後悔しています。でも女性は大抵、めちゃめちゃ晴れ晴れとした顔をして楽しそうにしている。あれは多分、ケアから解放された喜びなんだと思います。
夫婦で奥さんが先に倒れたりして、旦那さんがケアを担うこともありますけど、旦那さんがスキンケアしない人だと、ごはんは食べさせてくれたとしてもスキンケアはしてくれないですよね。それがどんなに大事なことかわかっていないから、いちいち言わないとやってもらえない。セルフケアができない人にはケアは難しいんです。そして、奥さんの側も、ケアをしてくれない旦那さんに対してはケアしたいという気持ちをなかなか持てないですよね。
将来そうならないために、今から毎朝700円強のハトムギ化粧水をつけるなんて安い投資じゃないですか。
2025.08.28(木)
文=斎藤 岬
漫画=いまがわ