タートンは魔女狩りのこうした側面を意識的に捉え、作中にも“抑圧の檻”でもがく女性たちを登場させる。現状を破りたい治療師サラ、無邪気に発明を追求するリア、奔放で機転がきくクレーシェ。三者三様の生き方を通じて、現代に根深く残るジェンダー問題とのリンクが描かれる。
檻、といえば。ザーンダム号にはもう一人、とっておきの囚人が乗っている。
謎解き人、サミー・ピップスだ。
サミー・ピップスは小柄なオランダ人。気取り屋の紳士で、科学の知識とたぐいまれなる推理力を持ち、謎解き以外には興味がない。シャーロック・ホームズの流れを汲む天才型のキャラクターである(四十章のロザリオにまつわる推理などは垂涎ものだ)。が、この名探偵が理由もわからぬまま捕縛されるという倒錯した出来事から物語は始まる。サミーはフォアマスト下の狭い牢獄に押し込まれ、自由に出歩くこともかなわず、垢にまみれて尊厳を剥がし尽くされる。
サミーの相棒役にして、本作の実質的な主人公となる男がアレント・ヘイズ。筋骨隆々、俳優でいえばドゥエイン・ジョンソンのような偉丈夫だ。用心棒としてサミーに雇われ、行動をともにし、彼の活躍を「報告書」として発表している。文字どおりの「ワトソン役」が、不自由なサミーにかわり船内を捜査することになる。
この設定から、米澤穂信の直木賞受賞作『黒牢城』(角川文庫)を連想する方も多いだろう。安楽椅子探偵の派生の一種とはいえ、東西におけるこのシンクロは面白い(しかも両作の時代設定には六十年ほどの隔たりしかない)。四百年前の「囚われの探偵」たちが反映するのは、現代のポピュリズムかもしれない。大衆の知識人嫌悪は年々強まり、アカデミアの予算削減も著しく、智者たちが発信力・行動力を奪われつつある昨今である。鉄格子越しでないと知性にアクセスできないような未来はごめんこうむりたいものだが。
話をアレントに戻そう。彼の長所は強靭な肉体と鋼の精神だ。荒くれ船員どもとの交渉においてはこの武器が大いにものをいう。メインマストよりも前は船乗りの領域、後ろは乗客の領域――船内の不文律の“境界”にフォーカスしたことは本作の独創的な点のひとつで、怪奇とは別種のスパイスを物語に加えている。
2025.04.03(木)
文=青崎有吾(作家)