理想の死に方は「銃殺」と「爆死」だった

 23歳からの数年間、私はとにかく暇だった。就職を決めずに大学を出たあと、本当にほんの少しのモデルの仕事と、健康に悪いアルバイトで毎日を埋めていた私は、精神的にも健康とはいえず、考えることといえば、お金のことか男のことばかりだったように思う。毎日「こんなことでいいのか?」「これからどうしていくつもりなんだ?」と自問自答こそしているものの、実際になにか行動を起こすわけでもないし、そもそも自分はなにがしたいのかもわからない。そのくせ家のなかでダラダラ過ごすというのには耐えられず、たいして観たくもない映画を観るために外に出たり、特別な日でもないのにひとりで高い食事をしたりすることによって得られる“なにかした感”でなんとか正気を保っていた。

 ある日、珍しく祖父母と近所に買い物に行くと、私と同じくらいの歳か、それよりも下に見える女が子どもを2人連れて、昔よりいくらか寂しくなった商店街を歩いていた。もうそんなに子どもがいる人もいるのか。私が東京でフラフラと遊んでいるあいだに、彼女たちの子どもは自らの足で走り回れるほど成長していた。結婚願望がなければそんなこと気にする必要もないのだが、私はなぜか、結婚願望がかなり強い。それに子どもも絶対に欲しいと思っている。それなのに、周りが結婚していくようすを見ても、いまだとくに焦らずにいる。私は母が22歳になった誕生日に産まれた。私は先週、28歳になった。結婚して子どもを産むでもなければ、がむしゃらに働いているわけでもない。地元の友達とはいつのまにか連絡を取らなくなっていて、みんなどこでなにをしているかも知らないし、知ったところで、もうどうしようもないような気もした。

 夕方、学校から家に帰る途中らしき女の子が、私を見て「こんにちは!」と言った。私は驚いたが、なるべく明るく「こんにちは」と返した。子どもに声を掛けられたのが嬉しくてその話を友人にすると、友人は「最近の小学生って、怪しい人見たら挨拶するように言われてるんだってさ。話が通じるか確かめてるんだと」と言った。私は「なんだと」と憤慨した素振りをしながらも、内心は喜んでいた。また魔女に少し近づいたように思えて、挨拶を返したときの温かい喜びとはまた違う高揚感が胸に湧く。私は今よりずっと歳を取ったあと「近所のあやしいおばさん」になりたい。綺麗な黒い服を着て、ガーデニングなんかをして、猫を飼い、ときどき小学生にからかわれて脅かし返すような魔女になりたい。

 今になって私は、自分についていくつか理解しはじめたことがある。常に自分を中心にした舞台の上で生き、ファンタジーを見すぎたせいか、ドラマティックな演出を日々のなかに持ち込めないものかと私はいつも試みている。そして、自分の人生が、誰にも注目されない平凡なものになることを、極端に避けようとしている。友人に「どんな死に方をしたいか」と聞かれて考え込んだ私が出した答えは「銃殺」と「爆死」だった。たぶん、画になる死に方がしたいのだと思う。死に方はさておき、とにかく私は日常にある材料のなかで、ファンタジーのようなものを作り上げようとする性分のようだ。エッセイを書くとき、ひとつひとつの出来事を物語のように視点を切り替えながら、時には誰でもない視点から書くのが好きだ。起きた出来事がひとつだとしても、それを記憶する形式はそれぞれの頭の中で自由に変えることができる。この科学にもとづく世界で、ホウキに乗れず魔法も使えない私が、自分の足で地面を歩きながら、それでも魔女になるためには、どうすればよいのか。私はホグワーツに行くことを諦める。この世界に留まったまま魔法を探し、魔女を発見し、自分も魔女になろうと思う。ここから始めるのは、たぶんそんな話である。

 島を目指して飛んでいた私。もうすぐ島の上空にたどり着くというところで、真っ暗な部屋のなかで目を覚ました。時間は夜中の2時くらいだろうか。耳にはさっきまでの風の音と打って変わり、砂嵐の不快な音が大音量で迫るように鳴り響いていた。金縛りになると、いつもこの音がする。私が行くべきあの島は、どこに行ってしまったのか。

 動かない身体に囚われたままで、私は目玉だけをキョロキョロと動かし、辺りを見回した。

伊藤亜和(いとう・あわ)

文筆家・モデル。1996年、神奈川県生まれ。noteに掲載した「パパと私」がXでジェーン・スーさんや糸井重里さんらに拡散され、瞬く間に注目を集める存在に。デビュー作『存在の耐えられない愛おしさ』(KADOKAWA)は、多くの著名人からも高く評価された。最新刊は『アワヨンベは大丈夫』(晶文社)。

Column

伊藤亜和「魔女になりたい」

今最も注目されるフレッシュな文筆家・伊藤亜和さんのエッセイ連載がCREA WEBでスタート。幼い頃から魔女という存在に憧れていた伊藤さんが紡ぐ、都会で才能をふるって生きる“現代の魔女”たちのドラマティックな物語にどうぞご期待ください。

2024.12.03(火)
文=伊藤亜和
イラスト=丹野杏香