東京大学文学部の特別講義がもとになった話題書『東大ファッション論集中講義』。著者の平芳裕子さんは、「浅い」と軽視されてきたファッションというものが、実は現代社会に深く関わっていると語ります。「教養としてのファッション」を学べる本書についてうかがいながら、毎日大量に流れてくるファッションの情報との付き合い方や、ファッションそのものをいかにして楽しむかについて、教えていただきました。

ファッションとデジタルメディアの関係

――『東大ファッション論集中講義』には、デジタルメディアが生まれ、隆盛になったことで、ファッションとメディアの関係が変わってきているというお話が出てきます。CREA WEBはファッションのトピックスも扱っているメディアなので、そのあたりのお話をまず詳しくお聞きしたいと思いました。

 コロナの前からデジタルメディアへの移行は徐々に進んでいたと思うんですけれども、コロナ禍を経て、さらに急速なデジタル化が進みました。私の世代は「ファッションといえばファッション雑誌」という時代を過ごしましたけれど、今はそうではなくて、スマートフォンなどのデジタルデバイスで見ることのできる情報が優位にあります。

 そうしたウェブでの情報公開が高まるにつれて、情報を出す方は早く最新の情報を出し、受け取る方ももっと新しい情報が欲しいと考える。より即時性が重視され、情報のスピードは加速度的に早まっています。ただし、そこで扱われている情報自体に大きな変化があったのかというと、実はそんなに変化していないのではないか?――というのが私の立場です。

  昔はアイドル歌手や有名女優が人々の憧れの対象でしたが、今はインターネット上にいるインフルエンサー、あるいはインスタグラマーなどと呼ばれる人たちが、自分の才能とセンスでのし上がってきて情報を発信し、非常に人気ですよね。

 でも、彼女たちが提示しているような「おしゃれ」「かっこいい」「可愛い」と言われるようなファッションや女性像自体は、昔と比べてそれほど大きく変化してないのではないかなと。

 要するに、目がぱっちりしていて、小顔で、スリムな体つきで、でもバストとヒップはある程度あって、足が長くて……という理想とされる女性像は雑誌の時代も同じでしたし、20世紀だけではなく19世紀に遡っても、実のところ女性像自体にはそれほど大きな変化がない。情報を伝えるメディア自体は加速度的に変わってはいても、その中で扱われているイメージや情報に本質的な変化はないのではないか、ということをこの本の中でも述べています。

19世紀の女性ファッション誌にあった緩やかな双方向性

――従来の雑誌メディアとデジタルメディアとの大きな違いとして、情報発信の早さ、すなわち「即時性」とともに、情報を発信する側と受け取る側のやりとりが発生するという「双方向性」もあげられることが多いと思います。双方性という点については、デジタルメディアに特徴的なものといえるのでしょうか?

 双方向性という観点で言うと、19世紀の女性ファッション誌にも実はありました。読者の通信欄というものがあって、読者が編集部宛に手紙を書いてファッションについて質問し、編集部が回答を書いていたんです。そういう緩やかな双方向性は存在していたんですよね。

 雑誌は読者に買ってもらわなければならないものなので、読者の期待に応えるために、一方向ではなく、緩やかな双方向性をもとに読者の要望を編集者はすくい上げ、記事にして、読者の憧れるものを作って……というその関係性の中で雑誌ができ、流行が生まれていました。当時は雑誌を鉄道で運ぶといった物理的な移動が発生していたので、双方向と言ってもかなり時間はかかっていたと思うんですが。

――双方向性という特徴自体は、実ははるか昔から存在していたんですね。そうなると、やはり情報のスピードが一番大きな変化と言えるのかもしれません。そこに対応し続けるのは、情報を発信する側としてはなかなか大変なことですが……。

 ある時期まではファッションショーの情報も、テレビや雑誌などの大手メディアが伝えてくれないと下々の者には届かないのが当たり前でした。けれども今はInstagramやYouTubeを使ってブランドが直接、しかもリアルタイムで消費者に語りかけるという、新しい情報の伝え方が生まれているんですよね。

 じゃあその即時性では敵わない状況においてファッション雑誌は何を扱うかというと、編集の面白さとか、着眼点とか、新しさ。時間が多少かかっても価値のある特集を作る。それはそれで、やっぱり読者にとっては魅力的な部分もあると思います。時間の流れや時間の使い方が変わってきているので、それに応じたコンテンツを作成する必要があるという点では、少なからぬ影響や変化はあると思います。情報のスピードという軸だけで評価されないものも求められているのではないでしょうか。

2024.10.26(土)
文=ライフスタイル出版部
撮影=佐藤 亘