そう言いながらスマホを取り出して、画面を眺めている。あからさまににやけた顔だ。
「なに、どうしたの。ご機嫌?」
「今日は私めっちゃ元気なんで、卯月さんの分も頑張って働いちゃいますよ~」
山吹が腕を曲げて筋肉を見せるポーズをとる。
「テンション高いじゃん」
いつもハツラツとした子だけれど、今日は特に楽しそうに見える。
「ふふふ。そうっすか?」
にやにやと笑って、後輩はてきぱきと着替えた。
朝の引き継ぎの前に、電子カルテで患者の状態を把握しておく。山吹も隣で、真剣な顔をして記録を読んでいる。
更衣室では何やらにやにやしていたが、ナースステーションにくれば表情は引き締まる。二、三年前まで初々しさの残っていた彼女も、今では病棟の頼れる存在だ。
私が勤める長期療養型病棟は、急性期を脱してからの療養に特化した病棟だ。在宅に向けてリハビリをしている人もいるけれど、病棟で亡くなる患者も多い。
死亡退院率、つまり病棟で亡くなる患者が、一般的な病棟では八%程度なのに対し、この病棟は四十%と言われている。さまざまな疾患の患者がいて、リハビリに取り組む人もいれば、亡くなる人も多い。
「うん、うん……で、根拠は?」
少し離れたところの会話が聞こえてくる。
長い髪をポニーテールに結って、きりっとした表情の遠野華湖。三年目で、プリセプターをやっている。向かい合っているのは、ショートカットでたぬきのような愛らしい顔をした新人の北口真央美だ。
新人看護師は、最初の三ヵ月、プリセプターと呼ばれる教育係の看護師にぴったりとくっついて、指導を受けながら独り立ちを目指す。プリセプターの子という意味で、プリ子と呼ばれるのが一般的だ。看護師の新人教育にはプリセプター制度が導入されている病院が多い。
新人教育を通じてプリセプター自身の成長を促す仕組みにもなっているから、三年目から五年目の看護師に任される。
「えっと、根拠は……」
気づまりな沈黙が流れる。
2024.11.08(金)