世界を旅する女性トラベルライターが、これまでデジカメのメモリーの奥に眠らせたままだった小ネタをお蔵出しするのがこのコラム。敏腕の4人が、週替わりで登板します。

 第26回は、芹澤和美さんがキューバでうっかり引っかかってしまった詐欺事件の一部始終を振り返ります。

あの伝説的バンドのメンバーの生演奏が?

キューバ内務省の壁を飾るゲバラの肖像。右下の文字は「勝利よ永遠に」。

 コロニアルカラーの建物が並ぶ美しい街並み、カラフルなクラシックカーが現役で走る道路、どこからともなく聞こえてくるサルサのリズム、夕方近くなってもまだ高い太陽、その下で飲む冷たいモヒート……。『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』(キューバの伝説的なバンドのドキュメンタリー映画)そのものの光景が広がるハバナは最高に心地よく、旅人を独特の雰囲気に酔わせる街だ。

ハバナを歩いているとあちこちで生演奏に出会う。モヒートを飲みながら聞くのが心地いいのだ。

 キューバは経済的にはけっして裕福ではないが、治安がよく、人々は陽気で気さくだ。訪問3度目にして、私もその底抜けにラテンな雰囲気にのまれ、あろうことか詐欺に引っかかってしまった。被害総額は、約400円。

 キューバの首都であるハバナは、新市街と旧市街に分けられる。要塞に守られる街にコロニアル風建築が建ち並ぶ旧市街は、街全体が世界遺産となっていて、見どころも多い。とくに中心地のオビスポ通りは、作家アーネスト・ヘミングウェイが常宿にしていたホテル「アンボス・ムンドス」や、通っていたバー「ラ・フロリディータ」、1940年代から続く秘伝のモヒートで知られるレストラン「ラ・ボデギータ・デル・メディオ」などがあり、昼夜、各国からの観光客で賑わっている。

石畳の通りにコロニアルカラーの建物が並ぶオビスポ通り。ただ散策するだけでも楽しい。

「彼ら」が私たちに声をかけてきたのは、賑やかなオビスポ通りとは反対側の、ローカルも多く行き交うエリア。「いま何時?」。そう聞かれ、疑うことなく答えると、その男性は嬉しそうに、「ありがとう。どこから来たの? チーノ(中国)? ハポン(日本)?」と語りかけ、隣にいたきれいな女性を奥さんだと紹介してくれた。さらに男性はこう続ける。「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブを知っているか? メンバーの一人が、14時からこの近くの公園で演奏するんだよ。僕たちも見に行くところだから、もしよかったら、一緒に行くかい?」。

 この日にブエナ・ビスタのメンバーが演奏するという情報は知らなかった。だが、四六時中どこかで音楽が奏でられているハバナのこと。週末に音楽のフェスティバルが開催されても不思議ではない。そもそも、日本のように正確なインフォメーションをこの国で求めるのは難しい。そしてなにより、私も連れも、ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブが大好き。「フェスティバルが始まるまで1時間ある。そこの店でモヒートでも飲んでようよ」。そんなラテン夫妻の誘いに、私たちは「悪くない」と思ってしまったのだ。

この明るくラテンな空気が、緊張感を緩めるのだ。

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2014.03.25(火)
文・撮影=芹澤和美