中央の(くすし)が総力を挙げて治療法を探しているものの、未だに人形が取れなくなった者が、もとに戻れる方法は見つかっていない。

 これは、明らかに異常であった。

 今はこの程度の被害で済んでいるが、対応策が見つからない以上、現況は最悪と言って良い。

「とにかく、仙人蓋の現物を確保し、売人を早急に取り押さえる必要がある。さもなければ、仙人蓋はいくらもしないうちに、八咫烏の存続そのものを危うくする存在になるだろう」

 既に朝廷が動いているとはいえ、これ以上、後手にまわるわけにはいかない。正規の手段は役所に任せ、若宮は、若宮にしか出来ない掟破りの手段に打って出たのである。

「いざとなった時には、金烏としての権限を使うつもりでいる。山内の民を守るためにも、今、出来る事は全てしておきたいのだ。協力してくれるな?」

 暗に「お前を連れ戻しに来たわけではないから、そう警戒するな」と釘を刺された気がして、雪哉はしばしの間、黙りこくった。

「……垂氷に犠牲者が出た以上、これはすでに、僕の問題でもあります。協力するのに力は惜しみません」

「大いに結構。お前の大切なもののためにも、精々励んでくれ」

 そう言った後、若宮はまっすぐ前を向いたまま、ひたすらに馬を天翔けさせたのだった。

 山内には、朝廷の存在する中央と、それを取り囲む東西南北の、四つの領が存在している。四領は、それぞれ東家(とうけ)南家(なんけ)西家(さいけ)、北家の「四家(よんけ)」という四大貴族によって分治されており、一つの領は、さらに三つの郷に分かれていた。

 山内の交通網には、中央から地方に向けて延びる放射状の道の他に、十二の郷を横断するように整備された、環状の街道が存在している。

 鳥形に転身出来るのだから、街道など不要にも思えるが、その実、この街道の利用者は多い。馬を使った移送は早くて便利な分、一度に運べる荷物の量が少なく、却って運送費の方が高くついてしまうためだ。実際、地方からの年貢米の運搬や、大量の荷物を一度に運ぶ場合は、翼を切られ、特別に脚力を鍛えた馬に荷車を牽かせる場合が多かった。

2024.07.27(土)