若宮が、兄宮を蹴落として日嗣の御子の座についたのはそのためだ。真の金烏以外の宗家の者は、全て「金烏の代理」という扱いだから、宗家に生まれた子が神官によって「真の金烏である」と認められた場合、問答無用で君主の座につかなくてはならないのだ。

 しかし、雪哉が若宮に近侍していた一年の間、この男が俗に言う「真の金烏」らしさとやらを見せた事など、ただの一度もなかった。結局のところ、真の金烏だの金烏代だの、そんなのは全て宗家の正統性を主張するための方便なのだと雪哉は思っている。

 実際、真の金烏が世に出た代というのは、混乱した歴史が多かったらしい。挙句、実際に大水や干魃などの天災に見舞われれば、「真の金烏は災いを呼ぶ」などと言われても仕方がないように思える。

 だからと言って、雪哉には「若宮を殺してしまえば良い」と考える連中の気持ちは全く分からない。そんなどす黒い欲望渦巻く宮中に辟易したからこそ、雪哉は中央の職を辞し、垂氷へと帰って来たのだった。

「……あちらは、相変わらずですか」

 意図せずして、呆れたような物言いの中に、寂しげな色が混ざってしまった。それに気付いたのか、若宮は声もなく笑う。

「相変わらずだ」

 何しろ変わりようがない、と達観したような若宮の口調が、雪哉には面白くなかった。

「だったら、あまり長く宮中を空けない方が良いでしょうに」

「それが、そうも言っていられない状況なのでな。でなければ、わざわざ私が出向いたりはしないよ」

 若宮が大真面目であると気付き、雪哉も顔つきを改めた。

「仙人蓋は、そんなにまずい薬なのですか」

「後天的に八咫烏が人形をとれなくなる薬など、聞いた事もない。それに、お前も昨日の奴を見たから分かっているだろうが、服用した者だけでなく、周囲の八咫烏にまで被害が及んでいる。仙人蓋それ自体はごく少量しか出回っていないのに、影響があまりに大き過ぎる」

 それなのに、未だ仙人蓋そのものの正体は全く不明なのだ。

2024.07.27(土)