「ああ、なるほど」

 難しい仕事ではなく、雑用をやらせるつもりなのかと、郷長は納得した。

「そういった事でしたら、どうぞご遠慮なく」

 容赦なくこき使ってやって下さいと言えば、仏頂面でそっぽを向いていた雪哉が、苦虫を噛み潰したような顔をこちらに向けた。

「本人の了承もなく、勝手に決めないで下さいよ……」

「お前が拒否出来る立場か、馬鹿息子」

 鼻を鳴らした郷長に対し、雪馬が何かを言いかけて、迷ったような様子を見せてから口を(つぐ)んだのだった。

 食事を終え、一息ついた頃である。

 客間前の廊下に跪き、雪馬は静かに声を上げた。

「墨丸殿。遅くなってしまいましたが、湯殿の支度が整いました。お背中をお流しいたします」

 すぐに襖が開かれ、驚いた表情の墨丸が顔を出した。

「雪馬殿。お湯を用意して頂いたのは有難いのだが、背中を流すなど、わざわざ貴公にして頂く事ではありますまい」

 客人の湯浴みを手伝うのは、本来であれば、下男か下女のする仕事である。百歩譲って雪哉か、雪雉であればまだ分からなくもないが、次期当主である雪馬がやって来るなど、本来ならば考えられない話だった。

 雪馬自身、それは重々承知していた。だからこそ今回は、家人にも口止めをして、家族にも内緒で墨丸のもとを訪れたのだ。

「申し訳ありません。ですが、明日の朝には発たれてしまうのですよね」

 今しか話せる時間がないのだとほのめかせば、墨丸も、すぐにぴんと来たようだった。

「……分かった。いささか心苦しいが、お願いしよう」

 客人の察しの良さに感謝して、雪馬は墨丸を湯殿へと案内した。

 とは言っても、この屋敷の湯殿なんてものは、中央のそれとは比べ物にならない。

 宗家や、宗家に連なる四大貴族の屋敷には、体を浸せる浴槽もあるらしいと聞いているが、郷長は所詮、地家と呼ばれる田舎貴族である。人が二、三人しか入れない小部屋に、他で沸かした湯を運び込んだものがせいぜいであったが、墨丸は文句ひとつ言わなかった。

2024.07.27(土)