そこまで聞いた雪馬が、険しい顔を父親へと向けて来た。
「……その仙人蓋が、今は垂氷にまで流れて来ているのですか」
「認めたくはないが、おそらくはそうなのだろうな」
先日、街道沿いに怪しげな薬が出回ったという報告が入って来た。郷長屋敷に注意喚起の報せが届いたばかりだったため、郷長は一応中央へも連絡し、今日は様子見に出たばかりだったのである。
「現地で、何か分かりましたか」
身を乗り出した墨丸に申し訳なく思いながら、郷長は首を横に振った。
「それが、通報した者も『こんな薬があるのだが、買わないか』と持ちかけられただけのようで……残念ながら、特に有益と思える情報は、見つかりませんでした。出回った量も少ないのでしょうが、現物も手に入らなかったくらいでして」
その、出回ったわずかな仙人蓋を服用した者が、今日の襲撃者になったのだろう。
「恥ずかしながら、私の認識が甘かったようです。これほどまでに差し迫った問題だとは思いもよらず、のこのこと帰って来てしまいました」
早速、明日からは本格的に調べさせ、郷民に対しても布告を出しましょうと告げれば、墨丸は重々しく頷いた。
「今のところ、中央以外で仙人蓋と思しき被害が確認されたのは、垂氷だけです。一刻も早い対応をお願いいたします。若宮殿下もこの一件に関しては、非常に心を痛めておいでですので」
おそらく、数日中に朝廷が正規の調査を求めて来るだろうが、それでは遅いと考えて、墨丸を派遣したのだと言う。郷長の調べと並行して、こちらも勝手に動いて構わないだろうかと問われ、郷長は快く許可を出した。
「しかしそうなると、愚息に手伝わせるには、いささか荷が重いような気がしますな。墨丸殿さえよろしければ、郷吏をお伴にお付けいたしますが……」
次男坊に多大な不安を抱いている郷長は言葉を濁したが、墨丸はそれを、とんと意に介さなかった。
「お気遣いなく。郷吏の仕事を邪魔するわけには参りませんし、雪哉殿の方が、色々と気安く物事を頼めますので」
2024.07.27(土)