入手経路も、精製場所も不明。現物は手に入らず、その原材料さえ見当が付かない。ただ、薬の犠牲になる者の数だけが、むやみやたらと増えている状況なのだ。

 その薬は、使用すると素晴らしい多幸感、全能感を得られる代わりに、数回の服用だけで、人形を取れなくなる(・・・・・・・・・)らしい。中には、人形(じんけい)に戻れなくなったまま正気を失い、衰弱死してしまった者や、自ら命を絶ってしまった者もいるという。

「それってもしかして、今日の奴みたいな感じ?」

 説明を聞いていた末っ子が、堪え切れなくなったように嘴を挟んで来た。墨丸は雪雉に向かい、生真面目に頷いて見せた。

「いかにも。薬の名は『仙人蓋(せんにんがい)』という」

「仙人蓋……」

「若宮殿下がこの薬の存在を知ったのは、今から十日ほど前でした」

 花街からの陳情書に紛れて、気が狂れて、鳥形のまま暴れ回っている遊女がいるという報告があったのだ。不穏な内容に、関係各所に問い合わせをしてみると、ここ半月ばかりの間に、分かっているだけでも二十名以上の八咫烏に同じ症状が出ていると知らされたのである。

「最初は、何らかの病かと思われたのだが、どうにも様子がおかしい。谷間へと行ってみると、原因はすぐに分かった。谷間では、やはり山の手より先に薬が出回っていたらしくてな。二月近くも前から、仙人蓋の売買も使用も厳しく禁じられて、それが周知徹底されていたのだ」

 谷間を取り仕切るのは、多くの手下を持ち、それぞれが自分の縄張りを守る親分連だ。

 この親分連の間では、定期的に会合が開かれる。会合での決定事項は、ひとつの例外もなく、谷間全てに共通する規則となっていた。

「とはいえ、派閥ごとの利害関係もあるからな。大きな決め事など、近頃はほとんどなかったのに、仙人蓋に関しては満場一致の決定だったとか」

 それだけ危険な薬であるとも言えたが、何にしろ、朝廷は仙人蓋への対応において、谷間に完全に後れをとってしまった。結果、中央に住む里烏を中心に被害が広まり、若宮の耳にも噂が届くようになったのだ。

2024.07.27(土)