「恥ずかしながら、愚息三人の中でも、雪哉は特別どんくさい子でしてな」

 困ったものです、と頭を振りながら、郷長はいかに雪哉が駄目な息子かを言い立てた。

「武家の子なのに、度胸も剣の腕もない。長男と打ち合っても、まともな仕合になったためしがないのです。頭の血のめぐりも人一倍悪くて」

「まあ、若宮殿下がどうお考えかは、私には分かりません」

 延々と続けるつもりだった郷長の言葉を、墨丸が自然な調子で遮った。

「ですが、一緒に働いた私の意見を述べさせて頂けるのであれば、雪哉殿は大変優秀だったように思いますよ」

「お心遣い、痛み入ります」

「本当の事です。だからこそ、こうして私はこちらに伺ったのですし」

 やっと本題に入った気配を感じて、郷長は顔つきを改めた。

「と、申しますと?」

「雪哉殿を少しの間、貸して頂きたいのです」

 雪哉が、口に含んでいた汁物を噴き出した。盛大に咳き込む当人を無視して、郷長は片方の眉をつり上げた。

「雪哉を、ですか。これはまた、どうして」

「若宮殿下から仰せつかった仕事を、手伝って欲しいのです。中央から北領へ、禁制の薬が流れているようですので」

「禁制の薬?」

 げほげほとうるさい次男坊の背中をさすっていた雪馬が、怪訝そうに顔を上げた。

「それは、麻葉(まよう)とかですか」

「いいや。麻葉などよりも、ずっと性質が悪いものだ。麻葉は、あれはあれで、谷間(たにあい)の連中がきっちり管理しているから」

 谷間とは、中央に存在する荒くれ者達のたまり場の事である。

 その規模はひとつの街を形成するほどに大きく、朝廷の規制も届かない無法地帯となっている。朝廷の禁止した危険物も普通に流通しているような所だが、谷間には谷間なりの規律が存在している。住み分けが出来ているとでも言うのか、流通経路も販売相手も決まっているから、放っておいてもあまり害はないのだ。

 しかし今回のものは違う、と墨丸は言いきった。

「谷間の連中が売買を仕切っているわけではないから、山の手に住まう貴族にまで被害が出ている」

2024.07.27(土)