美味そうな料理を前にして、まずは一献、と大ぶりな椀を受けた墨丸は、一息にそれを飲みほして見せた。

「いやはや、見事な飲みっぷり」

「北領の地酒がうまいからでしょう」

「これはどうも、嬉しい事を。北領の者は、みんな酒好きですからな」

「どんどん召し上がって下さいませ。雪哉が、一年もの間お世話になったのですもの。どうぞ遠慮なさらず」

 にこにこしながら膳を運んで来た梓の言葉に、墨丸は真面目な面持ちとなった。

「いえ、世話になったのはこちらの方です。ご子息には、色々と助けられる事が多かった。若宮殿下も、雪哉殿が垂氷に帰ってしまうと聞いて残念がっておられましたから」

 まあ、と目を輝かせた妻の横で、郷長は苦笑いした。

「そうおっしゃって頂けるのは有難いが、どうか、世辞は止めて頂きたい。あれ(・・)が若宮殿下から放逐された件は、とっくに承知しておりますので」

「父上!」

 突然、咎めるような声を上げたのは、それまで大人しく控えていた長男、雪馬である。

「せっかく、中央の話をして下さるのです。私は、雪哉が中央でどういう働きをしていたのか、聞きとうございます」

 見れば、末の息子もムッと唇を尖らせ、梓も困ったように眉尻を下げている。能天気な顔で箸を口に運んでいるのは、あれと呼ばれた本人ばかりである。

「働きと言っても、お前……。どうせ、雪哉の事だ。ろくな話は聞けないだろうに」

 苦い顔で言い返せば、一座の者を順繰りに眺めていた墨丸が、小さく首を傾げた。

「それは、どういった意味でしょう」

「実際に何があったかは、雪哉本人から聞いておるのです」

 側仕えの数が少なかったため解雇こそされなかったが、雪哉の仕事の出来は、相当酷いものであったという。さんざん周囲に迷惑をかけ、若宮殿下からも呆れられて、最初に約束した一年が来るのを待ちかまえるようにして宮中から追い出されたのだ、と。

「若宮殿下からも、呆れられて」

 ゆっくりと郷長の言葉を反芻して、墨丸は何か言いたそうな視線を雪哉に向けた。雪哉は我関せずとばかりに、黙って汁をすすっている。

2024.07.27(土)