橋の向こうにある中央門をくぐってしまえば、そこはもう別世界だった。

 ――一歩足を踏み入れただけで、その場の空気の違いは、はっきりと感じ取れた。

 貴族御用達のお店の前は丁寧に掃き清められ、水がまかれている。

 どこか淀んだ酒場とは違う、澄みきった水の香りがした。

 美しく整備された石畳に、お城と見紛うばかりの立派なお屋敷。

 行き交う者が纏っている光沢のある上衣は、絹で出来た物なのだろうか。

 たっぷりとした袖を揺らし、歩きながら談笑する貴族の子弟達の物腰は、優美な事この上ない。その使用人と思しき男でさえ、あたしが普段暮らしている場所では、滅多に見られないような立派な恰好をしていた。

 お屋敷に届け物をする道すがらで、あたしはすっかり打ちのめされてしまった。

 山の手は、身分の差が顕著に現れるという意味で、中央で最も残酷な場所だったのだ。

 襤褸をまとった自分がみじめに思えて、堪らなくなった。自然と早足になった帰り道で、あたしは母親と思しき女と連れ立った、同じ年頃の娘とすれ違った。

 春の光に輝く銀の髪飾りに、ふわふわとした流行りの衣。紅の単の上に、薄絹を何枚も重ねたそれは、淡く繊細な彩を織りなしている。

 まるで、朝に咲き初めた、一輪の芍薬の花みたいだった。

 ここに来るために、精一杯の身支度をして来た自分が、この上なくみじめに思えた。あちこち擦り切れた薄い着物は、自分が唯一持っている衣だったのに。

 つい、顔を俯けるようにして、彼女の横を通り過ぎた時だ。

 その娘が、懐から何かを落とした。

 拾って見れば、それは黒漆に野の花の螺鈿が虹色に光る、見事な飾り櫛だった。

 顔を上げれば、母親と楽しそうに談笑する、あの娘の後姿が目に入る。

 寸の間、魔が差しかけた。

 ここであたしが声をかけなければ、あの子は、どこでこれを失くしたかも気付かないだろう。あれだけ贅沢な恰好をしているのだ。きっと、同じような物をたくさん持っているはず。ここでこれを自分のものとしたところで、誰も困ったりはしない――。

2024.07.27(土)