「日本酒にしようかな」
「お燗します?」
「うん。ぬる燗で、一合ね」
秋穂は一合枡に黄桜を注いで徳利に移した。ついでに自分用の徳利にも黄桜を注ぎ、二本並べて薬罐の湯に入れて燗を付けた。
「はい、どうぞ」
カウンター越しに徳利を差し出し、仁の猪口に最初の一杯をお酌してから、手酌で自分の猪口にも注いだ。
「シメに何か召し上がる?」
「うん……」
猪口を片手に、仁はもう一度メニューに目を落とした。ご飯ものはおにぎりとお茶漬けが載っている。
「良かったら、今日は混ぜ麺も出来ますよ」
「エスニック?」
「さあ、どうなのかしら。友達が教えてくれたの、黒オリーブと高菜のタレ」
秋穂は冷蔵庫からガラス容器を取り、カウンターに置いた。
「黒オリーブと高菜?」
仁は不思議そうに容器に顔を近づけた。
「匂い嗅いでも良いですか?」
「どうぞ、どうぞ」
仁は蓋を取って鼻の穴を膨らませ、黒っぽいタレの匂いを吸い込んだ。高菜の発酵臭とディルの爽やかな香り、そこに生姜の香りも混ざり、微かにナンプラーの気配も感じられる。
「最初に材料聞いたときは突拍子もない組み合わせだと思ったけど、食べてみたら意外と合うのよ。白いご飯にかけても美味しいけど、茹でた中華麺と和えると、これまた美味しいのよね。もったりした感じで麺と一体感があって」
「じゃあ、せっかくだから混ぜ麺で」
仁は容器をカウンターに返し、猪口を口に運んだ。
「ここ、良い店だね」
「ありがとうございます。お客さん、優しいですね。あり合わせの手抜き料理ばっかりなのに、いっぱい褒めてくだすって」
仁はムキになったように、大きく首を振った。
「そんなことないよ。俺、イタリアンの厨房で働いてるんだけど、ここ、すごく良いと思うよ。気取ってなくて、これ見よがしなとこもなくてさ。『どんなもんだい、俺の才能は!』って料理人のどや顔が見え隠れするみたいな店に行くと、疲れちゃうよ」
2024.06.12(水)