秋穂のイメージでは、人気のイタリアンレストランはぎんろつぽんあざにある。その店のオーナーの息子がかつしか区に土地勘があるとは思えなかった。

「三年前に引退したサービス係の人を訪ねてきたんだ。すずさんって、親父が店を始めたときからずっと支えてくれた人で、俺も可愛かわいがってもらった。Jリーグの試合に連れてってもらって……」

 秋穂はまたしても「Jリーグって何?」とこうとして思いとどまった。

「最近色々ありすぎて気がっちゃってさ。そしたら、鈴木さんに会いたくなって。鈴木さんなら俺の悩みを聞いて、何か良いアドバイスをくれるかも知れない。それでスマホに電話したら、この番号は現在使われていませんって案内が流れて、マンションに電話しても同じで、びっくりして訪ねたら住んでる人も替ってて、管理人さんに訊いたら、一昨年老人介護施設に入居したって……」

 その施設は新小岩駅から徒歩十五分の所にあった。

「そこを訪ねて面会したんだ。そしたら鈴木さん、別人みたいになってて、俺のことも全然覚えてなくて、なんかもう、ショックでさ」

 仁はかなしげに目を伏せた。

「しばらく施設にいて、それからずっと歩き回ってた。何だか家に帰る気がしなくて。それで、いつの間にかこの店の前に立ってた。不思議だよね。俺、新小岩に来たの生まれて初めてなのに、この店に入って、店には女将さんがいて。鈴木さんに聞いてもらいたかった話、全部しちゃったよ」

 最後は少し照れくさそうに微笑んだ。

「そう。そんなら良かった。少しはお客さんの役に立てたみたいで」

 秋穂は考える力を総動員して、仁を力づける言葉を探した。

「あのねえ、親の一番の望みは、子供が幸せになってくれることだと思うの。お父さんはあなたの一番の幸せは店を継ぐことだと思ってる。でも、あなたの幸せは別にある。それが分れば、お父さんもあなたが店を継がないことを納得してくれるんじゃないかしら」

2024.06.12(水)