例えば、ある国立大学の教授は、がんが転移した時に標準治療と比較したうえで「免疫細胞療法」を選択した。だが、治療効果は何もなく、がんが進行した末に亡くなった。親しい友人によると、エビデンスの確かな標準治療を受けていれば、十分に完治できる可能性があったという。私はその教授を個人的に存じ上げていたので、後にその顛末を聞いて驚いた。極めてインテリジェンスの高い方で、医学的な知識も豊富だったからだ。それでも、エセ医療に騙されてしまうのである。
また、ステージ4のがんを抱えた元大学教授の消化器外科医が、免疫細胞療法を選択したケースもある。その方も治療の効果は全くないまま、亡くなった。一般よりも医療に精通している医師でさえ、エセ医療に誘引されてしまうのだ。命の瀬戸際に追い詰められた精神状態になると、誰でも冷静な判断ができなくなる。
日本は世界トップクラスのがん医療を、保険診療で受けることができるが、この優れた制度を知らない人が多い。そこでエセ医療は「多額のカネを払えば、保険診療よりも優れた特別ながん治療を受けられるのではないか」という幻想を巧妙な方法で患者に抱かせる。
その一つがホームページなどに掲載されたCTなどの「症例画像」だ。免疫細胞療法などのエセ医療で「がんが劇的に消えた」とされる証拠の画像は、患者にとって強い説得力を持つ。
国立がん研究センター・がん対策情報センター本部の若尾文彦副本部長(放射線科医)に、あるクリニックの「症例画像」を検証してもらった。その結果、異なる位置の画像を並べて、まるで病変(がん)が消えたように見せているケースが複数見つかった。
エセ医療にとって格好のターゲットになっているのが、がんが転移、または再発した、厳しい状況に立たされた患者である。「末期がんでもあきらめない」、「体に優しいがん治療」などのフレーズで患者を奮い立たせ、高額な自由診療に誘導するのだ。そして、著名な大学やブランド病院などの名前を巧みに利用して、患者を信用させる。
2024.06.08(土)