がんに罹患した場合、誰でも現時点で最も有効性が高い「標準治療」を保険診療で受けることができる。保険診療として承認される治療(薬を含む)は、臨床試験で既存の治療より効果が高いと証明された世界標準の治療なのだが、あまり知られていない。

 ただし、がんは発見された時期や臓器によって、治療の経過は大きく違う。残念ながら、「標準治療」が効かず、がんが進行してしまうケースは少なからず存在する。また、抗がん剤治療の副作用が辛くて、治療を途中で断念せざるを得ないケースもある。

 こうした患者を待ち構えているのが、エセ医療なのだ。

 その代表格というべき存在が、「免疫細胞療法」である。かつては次世代のがん治療と期待され、1990年代から2000年代にかけて大学病院などで数多くの臨床試験が行われた。様々な種類があるが、基本的に患者から採取した血液の免疫細胞を増やしたり、活性化してから体内に戻す治療である。結局、免疫細胞療法は臨床試験で有効性が立証できず、保険診療として認められなかった。そして、がんには効かないというエビデンスだけが残ったのである。

 だが、一般の人は、こうした歴史を詳しくは知らない。

 保険診療が、有効性のエビデンスを厳しく審査されて承認されるのに対して、自由診療の治療法には何も審査がなく、医師の裁量に委ねられている。だから、がんに効かないことがすでに判明した、昔の免疫細胞療法をあたかも“最先端のがん治療”と称して、患者から高額な費用を取ることさえ可能なのだ。

 世界の医療現場には、EBMという概念が普及して久しい。エビデンス・ベースド・メディシンの略で、直訳すると「科学的根拠に基づく医療」である。つまり、エセ医療は、EBMとは真逆の存在なのだ。

 読者のなかには「自分は論理的な思考をするので、そんなエセ医療に騙されることはない」という自信を持っている方もいるだろう。だが、実際にがんと直面すると、人は冷静さを失う。「死」がすぐ背中に迫っている焦燥感に駆られ、普段であれば考えられない選択をしてしまうのだ。

2024.06.08(土)