女性たちの困窮と憤怒を書きつづける作家・桐野夏生によるディストピア小説『燕は戻ってこない』がドラマ化。石橋静河が未知の「生殖医療ビジネス」に巻き込まれる女性・リキを演じ、話題になっています。このドラマの注目ポイントを徹底レビューします。
手取り14万円の独身女性が背負う現実
生殖ビジネス、貧困、派遣社員として暮らすリキ(石橋静河)は、職場の同僚・テル(伊藤万理華)から「卵子提供」をして金を稼ごうと誘われた。アメリカの生殖医療エージェント「プランテ」日本支社で面談を受けると、持ち掛けられたのは「卵子提供」ではなく「代理出産」。リキは高額の謝礼と引き換えに、元バレエダンサーの草桶基(稲垣吾郎)とその妻、悠子(内田有紀)夫婦の子を産む代理母をすることに──。
社会的関心が高まる生殖医療(ビジネス)の光と影を、さまざまな女性の視点から描く『燕は戻ってこない』のドラマ化がすごすぎる! 原作はこれまで女性たちの生きづらさや苦悩を卓抜した筆致で可視化してきた桐野夏生の同名小説。それを連続テレビ小説『らんまん』の脚本家・長田育恵が脚色し、とんでもないドラマが誕生しました!
受精卵を第三者の子宮に移植し、妊娠・出産を試みる「代理出産」。国内では倫理的観点から認められていない一方、子どもを持ちたい不妊カップル、独身者、同性カップルの選択肢として、海外で実施されるケースは相当数あります。世界をみても、依頼主の多くは先進国の富裕層。そして代理母となるのは、主に新興・途上国の貧しい女性たちです。この問題には経済力の格差や貧困といった社会問題が含まれている。それが日本で起こったら……。想像が追いつかない事態をドラマが見せてくれています。
主人公のリキに記号をつけるとすると、女性、29歳、独身、地方出身、非正規労働者。フルタイムで働いても手取りは14万円。野菜や果物といった健康的で栄養価の高い食材はコストも高いので、食事は炭水化物が中心。コンビニのコーヒーすら贅沢に感じる、いわば貧困女性。静かな怒りを抱えて生きる役を石橋静河が好演しています。ボロアパートに住んでいて、住人の年配男性からは女性という理由で執拗に絡まれ、卑猥なメッセージまで送られてしまう。この被害はきっと一人暮らしの女性にとって、飛躍した描写ではないと思います。
逃れたいけどお金がなくて対処できないし、日常的なセーフティネットもない。それゆえに、もうすべてにうんざりしてしまう。心底、お金と安全を渇望しています。
同僚であるテルは奨学金の返済に追われ、風俗店でも働かざるを得ない状況に陥っている。貧困はもう特別なことではなく、身近な事象です。女に生まれてずっと値踏みされてきた人生、一度くらいは(女であることで)いい思いをしたいと、生殖ビジネスで得られる高額な報酬に希望を託すのも無理はありません。
エージェントを通してリキに代理出産を依頼するのは、草桶夫婦。夫である基は、資産家の母を持つ元バレエダンサー。依頼主も日本人、請け負う側も日本人。今の日本の格差の状況や、貧困から脱出するために代理母になるという選択肢を選ばなければいけない側の心情がリアルに描かれているのです。
2024.05.24(金)
文=綿貫大介