黒澤明監督の名作『醉いどれ天使』が、令和の時代に舞台としてよみがえります。戦後の混沌を生きる若きヤクザ、松永を演じるのは北山宏光さん。ある先輩にかけてもらった言葉をきっかけに、俳優としての姿勢が変わったという北山さん。人を信じ、まっすぐに舞台と向き合う彼の「現在地」を聞きました。


友達の子どもに接すると「生きている」と実感します

――本作『醉いどれ天使』は、「信じる」ということを深く問いかける物語でもあります。北山さんにとって、人を信じるとはどんなことだと思いますか?

 うーん。最初にしようとすることかも。最初はまず信じてみる。もちろん全員には難しいけれど、ご縁があった人のことはまず信じたい。

――素晴らしいですね。

 でも引くのは早いよ(笑)。この人ダメかもって思ったらさっと距離をとります。

――「まず信じてみる」というスタンスで人と接するようになったのはなにかきっかけがあったのですか?

 単純に疑うより信じたほうが、人間関係が円滑ですよね。それに気づいてからは自然とそうなっていったんだと思います。

――本作は、「信じる」ことと同じように、「生きる」というテーマにも静かに焦点を当てています。北山さんが「生きている」と実感するのは、どんな時ですか?

 友達の子どもに話しかけられたときかな。友人に「ほら、みっくんだよ」って言われて、もじもじと恥ずかしがっている子どもをみると、「俺、生きてるな」って感じますね。

――その言葉の裏にある思いを、もう少し教えてください。

 まわりの友達はちょうど子育ての真っ最中で、子どもをあやす姿を見ると、自分も含めみんな大人になったんだなと感じます。いろんな選択や出会いを重ねて、今こうして生きている。そのことに気づく瞬間に「生きている」と実感します。

――年齢を重ね、俳優としての経験も深まるなかで、これからどんなふうに成熟していきたいと感じていますか?

 求められる俳優でありたいですね。もちろん、今回のように主役を演じさせてもらえるのは嬉しいことですが、ずっと主役でなくてもいいと思っています。どんなに小さな役でも、「現場に北山がいると安心するね」とか、「この役は北山に演じてほしい」と言われるようになりたい。主役もできて、存在感のある脇役もできる、そんな俳優に憧れます。

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