加藤比香里は私のプリ子だ。つまり私が加藤の教育係、プリセプターだったのだ。プリセプターの下で指導を受ける新人を「プリセプティ」というのだけれど、現場では「プリセプターの子供」という意味で「プリ子」と呼ばれる。加藤は今、救急でサンボと一緒に働いているはずだ。

「加藤ね! 元気だよ。元気すぎるよ。気が強くて、先生たちにも食ってかかるから、頼もしいけどヒヤヒヤするよ」

 サンボが苦笑する。拳を強く握って医者に反論する加藤の姿が目に浮かぶようで、笑ってしまう。

「加藤は、もともと救急の希望だったんだろう? それなのに長期療養に配属になったわけで、プリセプターやるの大変だったんじゃない?」

「うん、最初はね。希望と違う科に配属されるだけで、やっぱりちょっとモチベーション下がるじゃん。でも、長期療養には長期療養のいいところがあって、それは今後どこの科に行っても役に立つよってことは、伝えたつもり」

「それは伝わったんじゃないかな。加藤は、救急にきて二年目だけど、患者さんの『疾患』だけじゃなくてちゃんと『人』を見ていると思う。何より患者さんのことを一番に考えて、しっかり寄り添ってる。長期療養で学んだことが活きてると思うよ」

「それなら、良かった」

 加藤は自分の・正義・を持っていた。だから、その正義と食い違う人とは、真正面からぶつかった。「自分の信じることが必ずしも正しいとは限らないよ」とたしなめると、「そんなことはわかってます。でも、自分の正しさと相手の正しさをしっかりぶつけ合いたいんです。そうしないと、相手の思いが見えません。ぶつかってみて初めて、相手の正義を私も受け入れられるんです」と言った。

 加藤が長期療養にいた一年目。ある個室の患者のベッドサイドに、ポータブルトイレを設置することになった。その患者には片麻痺があり、看護師の介助がなければ車椅子に移乗できない。しかも、麻痺によって便秘になりやすいため下剤を内服しており、トイレが頻回だった。車椅子に乗って行くより部屋に置くほうがいい、という話になったのだ。

2024.05.11(土)