事務的な言い方から察するに、他の側仕え達にも、同じ内容を言って聞かせたのかもしれない。別に、閉ざされた部屋に興味があるわけではないので、雪哉は素直に頷いて見せた。

 澄尾の先導で、雪哉はいよいよ、招陽宮へと入った。

 バタンと、扉が閉まった重い音と共に、陽の光が一気に入らなくなる。

 宮殿の中は石造りとなっていて薄暗く、ひんやりとした空気が流れていた。澄尾について歩いていると、閉ざされたままとなっている扉の前を、いくつも通り過ぎる。澄尾は立派な造形のそれらを、ことごとく無視し続けた。

 ここまで歩いて来て、雪哉は、招陽宮の様子がおかしいと気が付き始めていた。

 八咫烏が、全くいないのだ。

 自分を先導して歩く澄尾を除き、誰ともすれ違わないし、何の気配も感じられない。閉め切られた扉の多さも異常であるが、この人気のなさは、それ以上に不気味であった。

「あのぅ、招陽宮には、一体何人の八咫烏が仕えているんです?」

 たまらずに質問すれば、ちらりとこちらを振り返った澄尾が、再び前を向きながら答えてくれた。

「二人だ」

「へ?」

「二人だけしかいない、と言っている」

 それは、と、慌てて絞り出した声は、情けなくも裏返っていた。

「澄尾さまと、あと誰かもうひとりだけ、という意味ですか?」

「誰かじゃない。俺と君、この二人だけという意味だ」

 雪哉は急に、背筋に冷汗が噴き出るのを感じた。

「ちょ、ちょっと待って下さい。だって、他の側仕えは? 少なくとも一月前には、十人近い中央貴族の坊ちゃんがいると聞いていたんですけど」

「みんな辞めたり、若宮殿下に馘首にされたりしたんだよ」

 振り返らずに答えた澄尾の声には、若干の疲れが滲んでいた。

「ただでさえ殿下は、ひとり以上、側仕えを近付けようとはなさらないから。昨日までは辛うじて、あと三人の候補がいたが……一人は実家に呼び戻され、もう一人は持病の頭痛が悪化、最後の一人は原因不明の動悸と呼吸困難と胸の不快感で、いずれも出仕は無理だそうだ」

2024.04.15(月)