「喜栄殿、わざわざこちらまでご足労頂き、恐縮です」
「澄尾殿こそ、大変なお役目をお疲れ様です」
「とんでもありません。その子が、新しい側仕えですか」
やたらゆっくりとした中央貴族の口調に比べ、澄尾と呼ばれた男の言葉は、はきはきとして歯切れ良い。すぐに、宮烏の出身でないことは察せられた。
「どうも、はじめまして。垂氷の雪哉です」
雪哉が素直に頭を下げれば、機敏な動作で礼を返される。
「山内衆が一、若宮殿下近衛隊の澄尾と申す」
よろしく頼む、と言った男の目は、やはり鋭いものだった。
山内衆というからには生粋の武人なのだろうが、それにしてはやや小柄である。日に焼けたような浅黒い肌もあいまって、どこか子どものような活発さが感じられる青年であった。
喜栄は澄尾を指し示し、こう見えて彼は腕利きだぞ、と言った。
「何と言っても澄尾殿は、たったひとりで、招陽宮の警護に当たっているのだからな」
「たったひとりで!」
宮、という名前が付いているからには、一般の屋敷と同じに考えるべきではないだろう。雪哉がこの門扉の向こうにある房室の数に思いを巡らせていると、澄尾はあっさり首を横に振った。
「別に、そう大変じゃないですよ。若宮はつい最近まで外界に出ておられたから、今使っている部屋以外は、全て鍵をかけたままにしてあるんで」
実際、宮の警護というよりも、若宮本人の警護をしているといった具合らしい。
「では、ここから先は、俺が責任を持って、雪哉殿を引き取らせてもらいます」
「ええ。どうぞよろしく」
喜栄は丁寧に澄尾に礼をすると「では雪哉、後は頑張れ」と言い残し、ひとりで朝廷の方へと帰って行った。その後ろ姿を見送った澄尾は「さて」と呟いてこちらを振り返った。
「これから、若宮のお部屋へと案内しよう。だが、先にも言ったように、ここでは、使用している部屋以外には全て鍵がかけられている。君に用意されたのは、若宮殿下の居室の隣、一室だけだ。用も無いのに、違う部屋へ入り込んだりしないよう、気を付けてもらいたい」
2024.04.15(月)