「気にするな。皆、武家育ちを甘く見ているのだ。これまでは、中央の温室育ちの宮烏ばかりだったからな。雪哉も同じと思い込んでいるのだ」

 北領の意地を見せてやれという喜栄の言葉に、雪哉は首を振った。

「いや、そうじゃなくてですね喜栄さま」

「なんだ、今になって不安になって来たのか?」

 心配するな、と笑った喜栄の顔に、どうにも不穏な気配を感じる。

「当主のお考え通り、このお役目は和麿よりも、雪哉の方に合っていると私も思う。雪哉も、お役目をまっとうするまでは帰らないと、覚悟を決めてここまで来たのだろう?」

「はあ。それは、まあ」

 でなければ、父親に勁草院送りにされますからねぇ――とは、一応は武家に生まれた者として、口が裂けても言えなかった。いや、雪哉自身は全く気にしないのだが、そんなことを吹聴していると父親にでも知られたら、今度こそ本当に殺されかねない。

「だったら大丈夫だ。私も期待しているから」

 曇りない喜栄の笑顔に、それ以上何も言う事が出来ず、雪哉は渋々口を閉ざした。

 いいかげん階段にも上り疲れ、これから行こうとしているのは同じ宮中ではなかったのかと思う頃になり、一度、雪哉達は山の外に出た。

 どうやら招陽宮は、朝廷の山の瘤にあたる部分にあるらしい。

 朝廷と招陽宮の間は、立派な石橋によって繫がれており、橋の向こうには招陽宮の門があった。朝廷を出て石橋を渡る間、軽く橋の欄干に寄って下を覗き込むと、大門よりも随分と高い所に来たようだと分かる。

 岩壁に備え付けられた門扉には、本来であればいるはずの門番の姿は見えず、代わりに、派手な銅鑼が置いてあった。

「何ですか、これ」

 不審に思って喜栄の顔を仰ぎ見れば「こう使うのだ」と言って、おもむろに桴を取り上げる。

「きちんと取次ぎの者がいれば、こんなふざけた物などいらんだろうに……」

 呆れたように言いながら、喜栄は盛大に銅鑼をひっぱたいた。

 ぐわーんと、どことなく間の抜けた音が響いてしばらく。門扉脇の小さい扉が開き、羽衣姿の男が出て来た。

2024.04.15(月)