「ああ、久しぶりだな」

 気安く挨拶をする喜栄と官人の横で、雪哉は終始大人しくしていた。特に、下っ端の自分に注目する者などいないと思っていたのだが、ここで、雪哉は違和感を覚えた。それというのも、喜栄が「若宮殿下のもとへ、新しい側仕えを連れて行くところなのだ」と言った瞬間、それを聞いた官人達――会話に参加していなかった、通りがかった者まで――が、揃って雪哉に、なんとも言えない視線を向けて来たからである。

「そうですか、新しい側仕えねえ」

 憐れむような、もしくは大笑いしたいのを堪えるような顔をした官人の背後で、誰かが「可哀想に……」「今度はいつまで持つやら……」などと呟くのが聞こえた。

 どういう意味だろう。

 説明を求めて喜栄を振り仰いだ雪哉はしかし、爽やかな喜栄の笑顔に言葉を失った。

「大丈夫ですよ。この子は北領の武家育ちで、今までの子達とは鍛え方が違いますからね。あの(・・)若宮殿下の側仕えでも、立派に役目を果たしてくれるでしょう」

「はあ。左様ですか」

 期待しておきますネと、明らかな社交辞令で送り出された雪哉は、どうにも変な感じがして、喜栄の服の袖を引っ張った。

「何ですか、さっきの」

 雪哉は今現在、若宮の側仕え達がどのような仕事をしているのか、詳しい事を知らない。

 実は、雪哉が朝廷に来る一月前に、すでに若宮殿下は外界から山内へと帰還していた。直前になって宮廷入りが決まった雪哉は、その時までに用意が整わず、急遽、一カ月遅れで若宮の側仕えに加わる事になったのである。

 どうせ、大勢いる若宮の側仕えの下っ端、しかも新参ともなれば、やるべき仕事なんてほとんどないだろうと高を括っていた。なんでも、若宮の身の回りの世話は、宮烏にとってとても名誉な仕事であるらしいので、若宮に着物を着せかけるという仕事ひとつ取っても、熾烈な争いが起こるくらいだと噂に聞いていたのだ。

 しかしさっきの様子は、どう考えても「たくさんいる側仕えに、新しい子がひとり加わる」のを聞いた者の反応ではなかった。今の朝廷はどうなっているのかと、その事情を聞きたかったのだが、喜栄は何か勘違いしているらしい。

2024.04.15(月)