「姫さま。俺達は、いつだってあなたさまのお帰りを歓迎いたします」
「嘉助……」
嘉助は下男の中で、特に自分に気を遣ってくれていた若者であった。どうぞお体に気をつけて、と、どこか泣きそうになっている嘉助に、二の姫はふわりと微笑んだのだった。
「ええ、そう言ってくれると嬉しいわ」
行ってきます、と手を振れば、彼らは一斉に立ち上がり、わっと歓声を上げた。
「行ってらっしゃいませ、姫さま!」
「ご登殿、おめでとうございます」
さあさあもう行きますよと急き立てられて、興奮冷めやらぬまま、二の姫は車に乗り込んだ。これでどうやって飛ぶのかと外を覗くと、後から二羽ほど、また新たな烏が加えられた。この二羽が後ろから車を支え、最初の一羽がそれを先導するようにして飛ぶらしい。
車の前に座った男が掛け声をかけると、先頭にいる一羽が、大きく羽ばたいた。
途端に風が巻き起こり、綺麗に掃き清められているはずの地面から、細かい砂塵が舞い上がる。風に前髪をさらわれて、二の姫は一層胸が高鳴るのを感じた。二度三度と烏が羽ばたくと、がくん、と車全体が浮き上がる。中に据え付けられている手掛かりに掴まり、飛び上がるところを見てみたい、とさらに物見を押し開けた二の姫は、屋敷の片隅からこちらを覗く人影に気が付いた。柱に隠れてはいるものの、白い寝巻きの裾が、ちらりとだけ見える。次の瞬間、視線と視線がかち合う。目を見開き、二の姫はハッと口を覆った。
あれは――
「姫さま、もう出ます。大人しく座っていてくださいませ」
鼻先でぴしゃりと物見を閉められて、二の姫は何も言わずにその場に座り込んだ。口にこそ出さなかったが、今の人影に心当たりがあった。
あれは、間違いない。双葉姉さまだ。
胸が、さっきとは全く違った意味で、早鐘を打っていた。急に水を浴びせられたように、体の奥が冷えていくのが分かった。
本来なら、今、この場にいるのは、双葉姉さまのはずだった。
2024.04.10(水)