「違います。この山の頂上には、山内をお守りくださる山神さまがいらっしゃるそうですからね。山頂付近は、禁域となっています。かつて、私達八咫烏の一族は、その山神さまに従って、この地にやって来たのだそうです。山神さまのお世話をするために、私どもの長、金烏は、山の斜面をくり抜いて、山の()に住まうことを決定なさいました。だから、金烏の子ども達がこの山を出た今でも、この地を『山内』と呼ぶのです」

「では、朝廷は山の中にあるの?」

「さようでございます。だから、姫さまのお父上のような、四家の当主やその子弟が、山の側面に住居を建てておられるのです。山の中は、宗家の方々と、政治の場と決まっておりますからね」

 話しているうちに、先導する烏に乗った男が、もうそろそろ着くことを伝えてきた。どこに降りるつもりなのかと不思議に思った二の姫の目に、一際大きな懸け造りの建物が飛び込んで来た。

 それは、朱色の門だった。岩肌との間には漆喰が塗り固められ、形は普通の屋敷の門と変わりないのに、その大きさが桁違いである。何台かの飛車が門の前に停めてあったが、それが雛遊びに使う玩具に見えるほどだった。

「あそこに降りるの?」

「いいえ。あれは、官人の使う『大門』でございます。桜花宮の門は『土用門』といって、もっと上でございますよ」

 言われた通り、それからしばらく上に昇って行くと、先ほどの大門より幾分小さめに作られた舞台が見えて来た。おそらくは、これが土用門なのだろう。

 御者の腕が良いのか、さほどの衝撃もなく飛車は舞台の上に滑り降りた。車輪の勢いがなくなる頃になって外を見れば、綺麗に着飾った女房の一団がこちらにやって来るところであった。

 車から降りた二の姫は、ようやく見渡せた周囲の光景に歓声を上げた。

「すごい、なんて大きな滝!」

 門のすぐ横手の岩壁からは、ごうごうと音を立てて滝が流れ落ちていた。しぶきが霧のようになっており、顔に当たる涼気が清々しい。水の落ちていく先はぼやける程遠く、この舞台の高さが推し測れた。うこぎの手を振り切って舞台の端に近付けば、すぐ後から大慌てで駆け寄って来た。

2024.04.10(水)