「後宮に準じる宮殿なので赤烏の紋が入っていますが、桜花宮の実権は、通常『桜の君』にあります」
「桜の君?」
「はい。日嗣の御子の妻のことでございます。日嗣の御子の妻は、御子が金烏として即位され皇后となるまで正式に宗家の者としては認められないので、紫に準じる浅紫の衣を使用するのです。それが桜色に見えることから、『桜の君』と呼ばれるようになったと伝えられています。大紫の御前が統括する後宮――『藤花宮』の紋には藤の花が入るため、山内で桜の入った紋が見られるのは、ここだけなのですよ」
「そうなの。桜の君、なんて、素敵な名前ね……」
土用門の両側には、渡殿によって繋がれた、やはり懸け造りの建物が並んでいた。
「東の家の姫君に与えられるお屋敷は、代々『春殿』と決まっています」
今度は滝本が、歩きながらの案内を買って出た。
「南の家が『夏殿』、西の家が『秋殿』、そして、北の家が『冬殿』です。桜の君が決まるまでの間、管理を任される女宮が住まう屋敷は『藤花殿』といいます」
「へええ」
「藤花殿だけは、後宮と直接繋がっているのです。同じ藤の名を冠しているのはそのためです。登殿した以上、そちらで大紫の御前と藤波さまにご挨拶をして、春殿を任せてもらう権限を頂かなければなりません。お着替えの必要がございますので、まずは春殿へ」
滝本に先導され、舞台脇の渡殿をつたって春殿へと向かう。途中、夏殿の前を通ったが、夏殿の姫を見ることは出来なかった。
まだ正式な春殿の主でないために中に入れないので、春殿のすぐ横に用意された天幕へと通された。着替えを終え、一息ついたところで、ようやく藤花殿から使者がやって来た。
「大紫の御前が、お会いになられるそうです」
隣でうこぎが大きく息を吸い、幾分緊張した顔で二の姫に向き直る。
「いよいよでございます、姫さま。ここから先は、うこぎは口出し出来ません。どうか、お教えした通りにご挨拶なさいませ」
2024.04.10(水)