「ええ」

 分かっているわ、と言い返し、二の姫はそっと目をつぶった。

 これからは、自分が無礼をしてしまっても、庇ってくれる者は誰もいなくなる。

 くっと顔を上げ、控えていた宗家の者に向かって、頷きを一つ。

「行きましょうか」

 頷きを受けた者は一度深く礼をし、朗々と響き渡る声で叫んだ。

「東家二の姫君、登殿にございます!」

 その声を聞いたお付きの者達が、一斉に体を藤花殿の方角へと向け、宗家の者が二の姫に先んじて、渡殿を歩き始めた。山腹の岩肌に建てられた、本殿へと続く廊下である。二の姫は、天幕を持ち上げてくれた女房の間を通り、その後に続いた。

 春らしい風が吹いていた。

 どこかで、山桜が咲いているらしい。飴色の床板には、山桜の花弁がほの白く散らばっている。ちらりと後ろを見れば、すぐ後ろにはうこぎがいる。さらにその後ろでは、二十を超す女房達が、それぞれに身を飾り立てて、二の姫に付き従っていた。

 遠くで、南家一の姫登殿の声が聞こえた。視線を上げれば、ちょうど渡殿は大きな岩のくぼみにさしかかったところ、向こうの夏殿の門がはっきりと見えた。天幕の奥から出て来る人影も、遠目ながらも見ることが出来た。

 前に立つ女房に比べて、随分と背の高い御仁のようである。顔つきまではよく見えなかったが、しなやかな黒髪と堂々とした歩き方から、なんとなく強そうな人だと思った。

 夏殿の姫が長い長い渡り廊下を歩き終え、藤花殿前の舞台に来た時だった。反対側の渡殿から、もう一組の姫の一行がやって来たのが分かった。

 秋殿の姫のようだ。こちらもまた、夏殿の姫に負けず劣らず、存在感のある姫のようだった。背丈こそ夏殿の姫よりも低かったが、姫本人が着ている物と、そのお付きの者の身に着けている品が、きらきらと日の光に輝いている。先導する宗家の者の着物と比べても、金糸銀糸をふんだんに使った、逸品に違いなかった。さらには、肩に流れる姫の髪自体が、淡い茜色に光っているようにすら見えた。

2024.04.10(水)