「姫さま、そのようにはしゃがないで下さい! 宗家の女房が呆れております」

 はたと思い当たり、姫は袖で口を覆った。宗家の女房が新たに数人、自分のお付きに加わるのをすっかり忘れていた。案の定、取り残された女房が、苦笑気味にこちらを見遣っている。宗家の女房のほとんどが、美しい着物の下に、質素な黒い着物を纏っていた。そしてその髪は、宗家を通して山神に仕える立場にあるため、肩口あたりで短く切りそろえられている。

 二の姫は軽やかに彼女らの元に取って返すと、にこりと笑って一礼して見せた。

「お恥ずかしいところを見せてしまいました。東家が当主、二の娘ですわ。あなた達は宗家の方ね?」

 飾り気のない挨拶に面食らったのか、女房の先頭にいた幾分年嵩の女はまじまじと二の姫を眺め、いくらか表情を改めた。

「藤波さまに言い付かってお出迎えに上がりました、滝本でございます。桜花宮に、ようこそいらっしゃいました」

「藤波さまはお元気?」

 内親王藤波の宮は、日嗣の御子の実妹にあたる姫宮である。二の姫の母が藤波の教育係を務めたために、幼少から親しんで育ってきたのである。

 滝本は厳しい面持ちをやや和らげて、首肯した。

「貴女さまのお話は、よくよくうかがっております。お元気でいらっしゃいますよ」

「それなら良かったわ」

「どうぞこちらへ。他家の皆さまは勿論のこと、大紫(おおむらさき)御前(おまえ)がお待ちでございます」

 登殿する姫君達は、后宮ならびに姫宮など、宗家の女宮に仕える、といった体裁で殿上を許される。族長を金烏と言い表すことから、皇后は赤烏(せきう)というのが正式な呼び名であるが、宮中に上がった女達の間でその言い方がされることはめったにない。宗家の紋は『日輪に下がり藤』であり、紫は皇族以外には禁色であることから、最も力のある女宮のことを大紫の御前と呼ぶのだ。

 舞台の奥には立派なつくりの土用門があり、大きな幕が掲げてあった。紫の地に、金色の桜の花と、大きく羽を広げる三本足の赤い烏が刺繍されている。赤い烏を興味津々に見上げる二の姫に気付き、うこぎが説明をしてくれた。

2024.04.10(水)