たきしめた香の薫りに包まれて、紅の薄様を身にまとい、たくさんの女房にかしずかれて。これからのことに胸を高鳴らせ、不安も期待もきゅっとその身に抱え込み、頬を紅潮させていたであろうに。

 登殿のために、育てられてきた姉だった。それなのに。

 ――心中を察するに、余りあるものがあった。

「お可哀想に……」

 新年の宴に出ていたのが自分で、休んだのがお姉さまであったなら良かったのにと、呟かずにはいられなかった。

 やがて、飛車は地面すれすれに浮き上がり、滑るように前へと進み出した。本邸の車宿りは、そのまま切り立った崖へと続いている。崖から飛び出すように滑空し、車体が安定してから再び物見を開いたが、もう、歓喜にわく使用人達も、姉も、目にすることは出来なかった。

 日が天頂に届く前に、中央の山が見えてきた。

 山内には、基本平地がない。どこを見たって山ばかりである。従って、筆頭貴族である四家などでは、それぞれに与えられた領地の中で、最も高い山の頂上に一族の屋敷を構えるのが普通である。東家の別邸からほとんど出たことの無かった二の姫は、無論、宗家も同じようなものだと思っていた。ところが、宗家の場合は、他とは全く違っていたらしい。

 まず、山の高さからして違った。いや、標高からすればあまり変わらないのかもしれないが、山の周りが一段低くなっていて、なおかつ傾斜が恐ろしくきつかった。山肌には岩が覗き、山の中から滝が噴き出している箇所がいくつもあり、その間を縫うようにして、懸け造りの貴族の住居が築かれている。その一つ一つがどれも立派で、張り出した床を支える縦横の柱が、まるで冬枯れの木立ちのように見えた。邸宅の間を渡り廊下で繋いでいる様子が印象深い。

「宗家の方の住居は、懸け造りではないのですよ。どこにお住まいだと思われます?」

 うこぎの説明を話半分に聞いていた姫は、さあ、山の上とか? と、適当に返事をした。それでも怒らなかったのだから、うこぎも久しぶりの中央に、すこしばかり興奮していたのかもしれない。

2024.04.10(水)