「では、若宮さまにお目にかかったことはある?」

 ようやく合点がいったのか、安心したように早桃は首肯した。

「ありますよ。たまに、藤波さまに会いにいらっしゃいましたから」

 昔、体が弱かったとかで、若宮は幼少期を後宮で過ごしたのだという。

「だから、藤波さまとも仲がよろしくて、今でも時々お土産を持って来て下さいます」

「昔、体が弱かった、というのは?」

「はい。普通は上皇さまに預けられるのですが、それも出来ないくらいで」

 女屋敷に、かなり長い間いたのだという。そのうちに上皇も亡くなってしまったので、実質若宮の教育を任されたのは、母方の家である西家だったらしい。

「では、あまり他の所にはお行きにならなかったのかしら」

「そんなことはないと思いますよ」

 現に今は、外界に出て行かれることもあるくらいですからね、と、早桃は肩を竦めた。

「西家に行ってからは病状も落ち着かれて、あちこち見て回られていたようです」

 多分、東領の方にも行かれたと思いますよと言われて、あせびの顔は反射的に赤くなった。早桃はそれを見咎めて、もしかして、と声を小さくした。

「――あせびさまこそ、お会いになったことがあるのですか?」

 思わず口が滑ったのは、同じ年代である早桃を、どこかで気安く感じていたからだろう。何にしても、誰か、ひどく騒ぎ立てしない人に、話を聞いてもらいたかった。

「あのね、幼い頃、一度だけひとりで、屋敷を抜け出したことがあったの。桜の花が満開だと聞いていたのだけれど、春先の風がまだ冷たいからといって、うこぎが連れて行ってくれなかったのよ」

 うこぎの言葉を聞き分けないほど、我が強い子供ではなかった。むしろ物分かりが良いとよく褒められたあせびは、それでもやはり拗ねていたのだ。

「ある時、出入りしていた下男が、裏口を開けっ放しにしていたのを見つけてしまって。いつもだったらそのまま放っておいたのだけれど、そこから見えた桜が、あまりにも綺麗だったものだから」

2024.04.10(水)