実を言えば、ここに来てからというもの、あせびは自分の容姿に気後れを感じていたのである。両親から頂いた体に文句を言うつもりは全く無いが、癖のない黒髪が美しいとされる宮中で、この髪は異質としか言いようがなかった。
ところが、それを聞いた途端、浜木綿はげらげらと笑い始めた。
「お前の髪は白茶けた、とは言わん。香色と言うのだ。それに変わった髪色といえば、真赭の薄もそうだろうが。必ずしも、型に嵌った美人がいいとは限らん」
西家のお株を奪う良い機会だ、と浜木綿はなお笑う。
「白珠がつんつんしているのだって、お前の美貌に妬いているからに決まっているだろう」
「は?」
目を丸くしたあせびの顔を、浜木綿は上から覗き込むようにした。
「あの子は生まれた時から、若宮の正妻となるように吹きこまれて育ったんだ。人一倍、神経が過敏になるのも仕方ないだろうさ」
だからなのか、とあせびはようやくそれに思い当った。
「嫉妬……されていたのでしょうか」
あせびが全く思いつかなかった可能性を、浜木綿はいとも簡単に肯定してみせた。
「まず、間違いなくそうだろうね。アタシだって、あんたが恋敵だったら穏やかじゃなかったかもしれない」
冗談めかして言うその様子は、まるで、若宮は自分の恋の相手ではないと、暗に言いきっているかのようだった。
ま、あんまり深く考えすぎるな、と、ぽんと頭を叩かれる。その後すぐに酒を注がれて、やれ、飲めだの歌えだの騒がれたから、自覚するのに少し間があったが、あせびは自分の心が、確かに軽くなっていることに気が付いた。
あれ、もしかしたら今、気を遣ってくれたのかしらと思った時、不意に回廊の奥から悲鳴が上がった。
「いらっしゃいました!」
「若宮さまですわ!」
やっと来たか、と呟いた浜木綿を横目に、あせびも欄干に身を乗り出した。
舞台の横手から、二、三人のお供と童を引き連れて、やって来る人影がある。黒衣をまとった護衛の中で、しゃんと張った肩に何気なく羽織られた薄紫が、やけにまばゆく感じられた。
2024.04.10(水)