半ば早桃に引きずられるように藤花殿に戻ると、それに気付いたうこぎが、鬼のような顔をしてこちらに詰め寄って来た。
「姫さま。今まで、どこに行っていらしたのです!」
どうやら藤波の言葉に誤魔化されて、あちこちを探し回っていたらしい。
「藤波さまが途中で別れたと仰るので、春殿まで見に行ったのですよ。それなのにいらっしゃらないから、御手水間から台盤所まで……」
説教は帰ってからと言っていたから、背後からぶちぶちと聞こえる声は、あくまで独り言なのだろう。いくつかの渡殿を抜けると、桜の木が一望出来る透廊へと出た。未だ桜はつぼみの状態ではあるが、これが咲けば、さぞかし美しかろうと思われた。高欄に手をかけて下を見下ろせば、何やら舞台のようなものまで見えた。
「おう、こっちだあせび」
威勢のいい声に顔を上げれば、回廊の先に、すっかりくつろいだ風情の浜木綿がいた。自分の着物を敷いた上に腰をおろし、瓢箪を片手に、赤い漆塗りの盃を楽しそうにあおっている。
「そこにいると、向こうから丸見えだぞ」
さっさと来い、と言われてみれば、確かに彼女の前から向こうは、簾が掛けられていた。なんでも、花見の時は楽人や踊り手が舞台に上がるので、そこから見えないようにするための御簾を、下ろせるようになっているらしい。
「あっちにゃ白珠と真赭の奴もいるぞ」
指差された先を見て、一瞬どきりとしたあせびだった。それを見た浜木綿は、やはりと人の悪い笑みを浮かべた。
「先に行われた秋殿の茶会で、早速いじめられたと見える」
そんなんじゃありません、とあせびはやや拗ねたように言い返した。
「嘘をつけ。お前には、学が無かろうが華がある。あいつらが黙っているわけないだろう。実のところ、かなりの別嬪なんだ、自信を持てよ」
完全に面白がっているその様子に、先程の一件が尾を引いているあせびは渋い顔をした。
「それは、真赭の薄さまの方でしょう? 私なんて、こんな、白茶けた髪ですし……」
2024.04.10(水)