花田 10代の頃に『ノルウェイの森』(講談社文庫)を愛読していた身としては、やはり春樹作品の影響を感じずにはいられませんでした。女性の視点からすると、周囲の女たちの夢っぽさが気になりました。久島とやりとりを続ける女性の、キャバクラでの源氏名が「ラプンツェル」で、その後続く電話のやり取りでもその名前で呼ばせるところとか、彼女は客に与えられた塔ならぬタワマンに住んでいるという設定は、ちょっと照れます(笑)。他にも、望未の妹が終盤、重要な人物としてクローズアップされますが、彼女も生きた人間であると伝えるには、リアリティが薄いように感じたんですよね。
山本 男性におすすめするのには、この作品はぴったりだと思いました。
花田 確かに。久島の「いろいろあったけれど、結局何も残っていない」というむなしさは、中高年の男性には深く刺さるのかもしれないですね。
高頭 先ほど言った現代性というところにも関係しますが、そもそも恋愛に相手は必要なのだろうか? ということも考えさせられました。花田さんは「夢っぽさ」と言われましたけれど、もはや恋愛にリアルな相手は要らないのかもしれませんね。
花田 作中には「結局自分しか愛せないんじゃないか」というような問いも出て来ます。全ての言動は一人よがりであること、だれかを好きだと思う気持ちも自己愛の延長であることを、久島が体現しているとも言えそうです。
『楊花(ヤンファ)の歌』青波杏
――1941年、日本占領下の福建省廈門(アモイ)が舞台です。カフェーで女給として働くリリーは、抗日活動家の諜報活動に協力しています。指示役から命じられたのは日本軍諜報員の暗殺。実行役として紹介されたのが、ヤンファという、美しい目の色と蛇の刺青を持つ女性でした。彼女に強く惹かれるリリーですが、もし暗殺に失敗した際には自らの手で彼女を殺さなければならず……。
花田 スパイ小説や、戦前戦時下の物語に私自身ほとんど関心を持っていなくて、自分ではまず選ばない本でした。でも読み終えてみたら、全候補作の中で一番面白かった。遊廓を舞台としたスパイものと聞くと夢物語を想像してしまいますが、青波さんご自身が遊廓における労働問題を研究されている方なんですね。すごく誠実に、リアリティを持って物語世界が描かれている点にも惹かれました。
2024.03.28(木)