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ロシアの俳優の実話に基づいた物語

――この映画はロシアの俳優セルゲイ・フェティソフの回想録「ロマンについての物語」に基づいています。2017年に原作者であるセルゲイさんは急死されましたが、生前お会いになったそうですね。

トム はい。映画の準備段階でモスクワに行き実際にセルゲイと会いました。数日間一緒にいて、話もたくさん出来ましたし、とても良い時間を過ごせましたよ。二度目にセルゲイの姿を見たのは、彼の葬儀になってしまったんですが、非常に襟をただす思いでした。この映画が皆さんの記憶に長く留まるとするならば、その中のセルゲイ像が記憶に残るわけですから、僕はできる限りのことをして、この人の姿をきちんと残さなければ、と思いました。

――――トムさんのセルゲイ役は早くに決まっていたけれど、監督からはロマン役を見つけるのに苦労をしたと伺いました。しかしオレグ・ザゴロドニーに会って30秒で「彼がロマンだ」と分かったそうですね。

オレグ きっと監督はオーディションに疲れて「もう彼でいいんじゃない?」って思ったんじゃないのかな(笑)。

トム そんなことないよ(笑)。本当に発見したと思いましたよ。モスクワだけじゃなく、ヨーロッパのいろんな都市を回ってローマンを探してキャスティングをしたんですが、オレグが部屋に入ってきた時、「あ、ここにいた!」って思ったんです。キャスティングというのはとても難しいものなんですよ。例えば「ハリー・ポッター」を読んだ人はそれぞれのハリー・ポッター像を思い描いているわけで、全く同じイメージではないんですんですよね。幸い、僕とピーターが思うロマン像は比較的、合致していたんです。

 実はロマンの写真は火事で焼けてしまい、残っていなかったんです。だからロマンの人物像は、原作者であるセルゲイから聞いていた話だけが頼りでした。いろんな俳優に会い、それぞれ素晴らしい演技者でしたが、セルゲイに聞いたようなロマンが持つ一種のエネルギーを放つ人はいなかったんです。そんな中で、オレグのオーディション映像を観た時にピンときて、実際に会って「彼だ!」と確信したわけです。

 本当にロマンが歩いてきた、と思ったんですよ。それは他の俳優についても言えます。本当にキャスティングって、その人がそのキャラクターに求められている性質を体現しているかどうか、なんです。それは演技力にも大いに関わるものですし、存在感でもある。それを探し求めているんですね。

2024.02.20(火)
文=石津文子
撮影=深野未希