ただし、明日の本番を走るのは三年生と二年生のレギュラーメンバーの五人。私たち一年生は全員がスタジアムやコースの途中に散らばって、センパイたちの応援に回る予定だ。
ゆえに、第一走者である柚那センパイと同じ緊張を共有できないのが、もどかしくもあり、一方で走るプレッシャーとは無縁であることにどこか安心している自分もいる。さらに、それに対する罪悪感めいたものも混ざってくるから、お気楽な一年生なりになかなか複雑なのだ。
「本番で走る人も、走らない人も、みんなでいっしょに戦う。それが、駅伝だから」
陸上部の顧問である「鉄のヒシコ」こと、菱夕子(ひし・ゆうこ)先生はことあるごとにそう言うけれど、実際に走るセンパイたちとは、求められる覚悟にも雲泥の差があるよなあ――。なんてことを考えつつ、二枚目の白身魚フライに齧(かじ)りついていると、その菱先生から「坂東(さかとう)」という鋭い声が飛んできて、
「は、はいッ」
とびっくりして顔を上げた。
「食べ終わったら、私の部屋に来て。部屋の名前は――、『山茶花(さざんか)』。三階だから」
部屋の鍵からぶら下がった木の札を確認しながら、菱先生が席から立ち上がるところだった。私たちよりも先に、同行している教頭先生たちと離れたテーブルで食事を始めていた菱先生は、厨房のほうに「ごちそうさまでしたー」とよく通る声で告げてから、ぱたぱたとスリッパの音を響かせ、食堂から出ていった。
「何だろうね」
向かいの席に座る、同じ一年生の咲桜莉(さおり)が味噌汁のお椀をすすりながら、先生の後ろ姿を目で見送る。
「応援ポイントの話じゃないかな。スタジアムからひとりを最終区の途中に回したい――、みたいなこと、下見の帰りに先生、言っていたから」
なるへそ、と咲桜莉は味噌汁のお椀を置き、
「そう言えば、明日、雪が降るかもだって」
と漬物の皿に箸を伸ばした。
「そうなの? 嫌だなあ、私、寒いの苦手なんだって」
2024.01.30(火)